〔折戸六郎重行の系譜〕

 <岸本様よりのご返答> 03.5.17受信

  『尊卑分脈』の満政流の系図は人物の重複も多いので、私自身も「平家物語」「源平盛衰記」「承久記」「東鑑」等に見られる八島・山田一族の人物を整理して検討し、折戸六郎重行の位置付けを貴回答を参考に考えさせて頂き、疑問の点等再度照会させて頂き度思っておりますので宜しくお願い致します。

  御参考までに一族に伝わる「折戸系譜」の折戸六郎重行の部分を紹介させて頂きます。
  この折戸家は「をりと」と訓み、美濃国揖斐郡北方村(現岐阜県揖斐郡揖斐川町北方)に居住しており、家紋は「丸内三引」「澤潟」。桓武天皇裔の三浦大助義明の六男に重行を充てています。成立は元和九年と記されているものです。

   重行 左衞門尉折戸六郎 ────────────┐
    号三浦佐原十郎又号折戸六郎住美濃國大野郡    │
    寿永二年随木曽義仲於播磨國室山防戦討死      │
    法号花山宗榮禅定門                    │
┌────────────────────────┘

└  重泰 折戸五郎 ────────────────┐
    元暦元年正月二十一日将軍木曽義仲公於江州粟   │
    津原討死從夫木曽山中蟄居其後承元四年三月十   │
    二日卒法号花岳宗清禅定門                │
┌────────────────────────┘
│    木曽冠者義宗公随従
└  重成────────────────────── 
    仕土岐美濃守光衡公数度有軍功建保六年四月
    六日卒法号瑞雲宗順禅定門

と続き、歴代土岐氏、揖斐氏、齋藤氏、西尾氏に仕え、十六代市助重盛の時、西尾政照(嘉教)に仕えたが元和九年政照が乱心、改易となり、北方村に居住したと有ります。


 <樹童よりのお答え> 03.5.17記
  貴信、拝見しました。問題の折戸系図を拝見して、いくつか感触がありますので、以下に記すこととします。

1 始祖の折戸六郎重行が美濃國大野郡に住んで、ご子孫が代々、美濃国揖斐郡北方村に住まわれたということですと、先に掲げた拙考を考え直さねばならないことになります。その一方、ご所蔵の「折戸系図」には、幾つかの疑問も出てまいりますので、それを列挙してみます。
@ 貴家が折戸六郎重行を始祖とすることは確かなようですが、その始祖がどういう出自の人かは伝わっていなかったようです。そのため、源平争乱期ごろに活動した武士で、系図に見える者について、系図作成者が当たったところ、相模の三浦大介義明の子に「杜(モリ)六郎重行」がおり、これに名前も苗字もよく似ている(オリト←→モリ)ということで、別人の二人を同一人と考えたものだと推されます。「三浦佐原十郎」と号したのは、杜六郎重行のすぐ下の弟・義連のことで、系図の記事を読み誤ったものと思われます。

A 第三代目にあげる「重成」についてですが、「仕土岐光衡」で「建保六年(1218)四月」に卒去しているのなら、折戸六郎重行の子におかれるべきではないか(年代的には重行の弟としても、おかしくないほど)、と思われます。土岐氏の祖とされる光衡が、この時点で美濃国内の武士を配下においていたことも、あまり考えられません。

B また、その兄に置かれる「重長」が「平馬」と名乗られるのは、源姓からしてたいへん奇妙な感もあります。
C 木曽義仲が江州粟津原で討死した後に、重泰が木曽山中に蟄居したというのも、当時の武士の行動からして全く考えられません。もともと折戸氏は木曽の出ではなかったので、縁もゆかりもない木曽に行くことは無理な相談です。

D 以上のことから考えてみると、率直に言えば、貴家の系図が初期段階では正しい事実を記載しているかどうかは、たぶんに留保ないし疑問がつくところです。重成以降の系図の歴代を見なければ、なんともいえない点があろうかと思われます。

2 折戸六郎重行が満政流美濃源氏として、和泉冠者重満の弟と位置づけられない場合には、ほかに考えられるのは、例えば、@葦敷二郎重頼の子、A筑後守(山田先生)重貞の子、B木田三郎重長の子で木田(開田)判官代重国の弟、という線もありえると思われます。いずれにせよ、できるだけ関係資料を集めて、様々な視点から考えていく必要があろうかと思われます。

3 折戸氏の歴代の住地が大野郡(現揖斐郡揖斐川町)の北方で、その近辺の雄族に属してきたとすると、重宗流の本宗にあたる和泉冠者重満の号した「和泉」とは安八郡和泉村(現神戸町西南部の和泉)に当たるのかも知れないと思うようにもなりました。そうすると、折戸重行が和泉冠者重満の弟に位置づけるのが妥当なようにも思われてくるところで、足助六郎重長の男子として重季一人しかあげない『分脈』の記載が残念です。(この部分は03.5.19追記)

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