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私家版法律論文執筆要領



奥田安弘
2021年12月7日作成 2022年2月26日更新


論文のテーマの選定〕〔調査研究〕〔タイトルの付け方〕〔文章の書き方〕〔校正実務家と研究者の違い


■論文のテーマの選定

・他の研究者がすでに調べ尽くしたと思われるテーマは避けること。
論文は、日本において他の研究者がまだ取り上げていないか、または本格的に取り組んでいないテーマを選ぶからこそ、価値があります。他に立派な論文があったら、それを乗り越えることは容易ではなく、もし乗り越えることができなかったら、自分の論文は全く価値がないことになります。資料が適度にあり、多過ぎないことも重要です。

・外国法研究は自分の修練と思って取り組むこと。
外国法研究の蓄積も十分にないのに、日本の判例学説をまとめたにすぎないようなものを「論文」として発表するのは、身の程知らずと言わざるを得ません。外国法研究の蓄積があってこそ、たまに日本の判例学説を本格的に調べることは考えられますが、その前に自分が外国法研究を十分にしたと言えるのかどうかを自問自答すべきです。

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■調査研究

・外国法はそれ自体の論理を追究すること。
日本の立法では、外国法を調べた結果を要領よくまとめて、それを立法理由とすることがありますが、外国法には、それ自体の論理があり、法体系全体や社会的背景の違いを無視して、日本の立法の参考にする方法自体に疑問を感じます。ましてや論文がそれを真似るのは、言語道断です。最近は「日本法への示唆」をまとめとする論文を良く見かけますが、そういう論文に限って、外国法の調査が不十分だと思います。

・オリジナリティとフィージビリティ
論文というからには、これら二つが必要であることは、研究者であれば、誰でも知っていることでしょう。ところが、最近は、単なる思い付きをオリジナリティと勘違いしている、と思われる論文を見かけます。いや最近どころか、国際私法の分野では、かつて某有名大学の教授がそのような思い付きを論文および著書として公表し始めたことから、それに感化された研究者が瞬く間に増えた感があります。まさに悪貨は良貨を駆逐したわけです。オリジナリティというのは、あくまでも綿密な調査研究を必要とするわけであり、その肝心の調査研究が不十分であるのに、オリジナリティのある論文が書けるはずがありません。これは、国際私法だけでなく、すべての法律分野、さらにすべての研究分野に共通することです。

・研究会や学会での報告
私たちが駆け出しであった頃は、研究会や学会での報告は、「何を訊かれても大丈夫なように準備をしておけ」と言われ、それでも厳しい質問に晒されて、やっと論文を公表することができたのですが、今は、あたかも「他の人の意見を訊いてから、手直しをする」と言わんばかりです。まずは、自分が徹底的に調べるべきです。報告のテーマについては、自分が最も詳しいはずであり、他の人は、各人が自分のテーマに追われているはずですから、そのような他人の意見を頼るのは、愚の骨頂です。

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■タイトルの付け方

・タイトルはなるべく短くすること。
1961年に「法性決定論議の大半は法政策的調和の問題に還元さるべきの論」と題する論文が公表されたことがあり、そのタイトルに驚いたことがあります。それをきちんと読んだのかと言われると、ほとんど取り上げられていないこともあり、正直申し上げれば、読んでいませんが、近年において、これに類するタイトルを目にすることが多々あり、胸を痛めております。神戸大学恩師の窪田宏先生からは、論文のタイトルはなるべく短くするよう言われており、私自身も、タイトルを見ただけで読む気の失せるような論文は避けるべきであると思っております。

・タイトルの限界
タイトルだけで内容をすべて明らかにすることは、不可能です。むしろ論文の冒頭において、全体の構成を手短にまとめることが重要です。窪田先生からは、「大事なことは何度でも書け」と言われており、その論文の主張を一貫させることに注意すべきでしょう。何が言いたいのか、よく分からないような論文、最後にどんでん返しのあるような論文は、小説ならまだしも、法律の論文として失格です。本の書評では、タイトルを執拗に攻撃する人がいますが、それは、内容をよく読んでいない証拠だと思います。

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■文章の書き方

・手抜きは絶対にしないこと。
論文というからには、徹底的に調べたことを書くのが当然であるのに、頭出しをしたにすぎないようなものを「論文」と称して公表する例を見ることがあります。あるいは、一通り調べたことを書いて、そのまま公表したのではないかと疑われます。「推敲」という言葉が死語になったのかと思う程です。論文は、一通り書いた後が勝負であり、提出前に何度も見直して、足りない部分を補い、余計な部分を削ることによって、レベルが高くなるものです。それは、小説でも同じであり、昔の手書き原稿を如何に修正したのかは、よくテレビなどで放映されています。

・本文に入れるべきことを注に書かない。
これは、私が英語またはドイツ語で論文を執筆した際に、ネイティブの研究者から指摘されたことです。それ以来、日本語で執筆する際にも、注意するようにしています。かつて日本では、「大事なことは注に書いてある」と言われましたが、それは、有斐閣の法律学全集のように、注の多い体系書に当てはまることであり、論文がそれでは困ります。注は、あくまでも文献引用の場所であると考えています。

・文献目録のような注を付けない。
かつて原稿用紙にペンで書いていた頃とは異なり、最近は、パソコンで論文を作成するためか、あたかも文献目録のような注を見かけることがあります。インターネットでコピペするからなのでしょう。しかし、私が駆け出しであった頃は、「何を拾って、何を捨てるのかを良く考えろ」と言われたものであり、参照した文献を何もかも引用していたら、単なる行数稼ぎだと叱られました。本当に引用に値する文献であるのかは、十分に考えてほしいものだと思います。

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■校正

・完全原稿の提出
最近は、原稿が足りないせいか、大学の紀要では、合併号にしたり、年間の号数を減らしたり、投稿を呼びかけるメールが届いたりするなど、編集委員会は苦労しているようです。しかし、だからといって、書きかけの原稿をそのまま提出するのは、言語道断です。提出前に推敲を繰り返し、校正での修正を最小限にするのは、プロとして当然のことです。以前から、そういうプロ意識の希薄な人がいて、やたらと校正で赤を入れるので、雑誌の刊行が遅れることが問題となっていましたが、今でもその傾向は変わらないようです。

・校正記号をきちんと使うこと。
校正作業が遅れる原因としては、さらに筆者校正において校正記号をきちんと使えない人がいることも挙げられます。私のサイトには、校正記号へのリンクが貼ってあるので、それらをぜひ参照してください。私の本を出版する明石書店の編集者は、私のことを「まるで編集者みたい」と褒めてくれますが、そもそもプロの研究者が校正記号も知らないようでは、話になりません。

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■実務家と研究者の違い

蛇足ですが、先日、法科大学院における研究者養成のあり方について、アンケート調査がありました。そこで改めて考えたのは、実務家と研究者の違いです。

2004年の法科大学院創設前に、大学院のある法学部などの教授または准教授として通算5年以上在職していた者は、受け入れる弁護士会があれば、直ちに弁護士登録ができるため、研究者教員も、弁護士を兼職したり、大学の退職後に弁護士登録をする例が多数あります。

私も、そのようなことを考えたことがありますが、私ができるのは、せいぜい裁判所に意見書を提出することくらいであり、本来の弁護士業務などは到底できないと思っています。何よりも実務家は、研究者と両立できるほど生易しい仕事ではないため、本来の研究者の仕事が疎かになってしまいます。

逆に実務家が研究者の真似をするのは、根本的に無理であると考えています。研究者は、修士課程(博士前期課程)2年、博士課程(博士後期課程)3年の間、外国語文献と格闘しながら、修士論文や博士論文の執筆に毎日追われる経験をして、やっと養成できるわけです。したがって、研究者教員は、研究者でなければ書けないようなものを論文として公表すべきであると考えています。

以上のように考えて、アンケートには、次のように回答しました。「研究者教員は、研究者養成大学院の修了者から採用すべきであり、かつ研究の蓄積および継続を踏まえて、教育を行うのであるから、兼職を禁止すべきである。これに対し、法科大学院の修了生は、実務家としての経験および継続を踏まえて、教育を行うのであるから、兼職を継続すべきである」。ネット回答のため、表現は若干異なるかもしれませんが、おおむね趣旨は同じです。

日本の国際私法学界をみる限り、判例研究が重視され、国際家族法では、戸籍実務にも精通していることが評価されるようですが、かつてJan Kropholler教授と国連の扶養料取立条約の話をし、またJürgen Basedow教授と常居所認定の話をしていた際に、私がドイツの実務を質問したところ、両教授とも「それは、自分の仕事ではない」と異口同音に拒絶されてしまいました。研究者は、法の体系を追究することに意義があるという趣旨でした。

実務の研究自体は、今でも無駄とは思いませんが、それに振り回されることなく、論理を重視すること、また外国法研究を怠ることなく、綿密な調査研究のうえ、論文などを執筆すべきであることを肝に銘じて、退職後も研究を続けていきたいと思います。

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