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家族と国籍――国際化の進むなかで

〔補訂版〕 有斐閣選書

奥田安弘/著

2003年08月発行
四六判並製カバー付 , 220ページ
定価 1,944円(本体 1,800円)
ISBN 4-641-28088-6


補訂版はしがき

 初版の出版から七年近くが経過し、その間に重要な国籍裁判の判決が出たこと、データが古くなったことなどから、必要最小限度の補訂をした。
 本来は、北朝鮮拉致被害者の家族の国籍問題やフジモリ元ペルー大統領の問題を取り上げたり、その後の研究の成果を取り入れたかったが、短時日に補訂の原稿を提出する必要があったことから、これらは、本格的な改訂の機会に譲ることにした。
 補訂版の出版については、有斐閣書籍編集第一部の酒井久雄部長および林直弘さんのお世話になった。この場合を借りて、お礼申し上げたい。

 二〇〇三年六月
 奥田安弘


はしがき

 最近、国籍に関する話題が新聞やテレビによく登場する。たとえば、無国籍児訴訟として知られる「アンデレ事件」、外国人スポーツ選手の帰化、ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレンの国籍、中国残留孤児の国籍認定などである。
 本書は、これらの問題を「家族と国籍」という視点から解説するものである。すなわち、これらの問題の背景にあるのは、家族関係の国際化であり、それに伴って、現在の国籍法にどのような不都合が生じているのかを考えていきたい。
 本書では、まず「国籍の基礎知識」という章を設けた(第一章)。そこでは、通常の解説書のように、国籍法を体系的に記述するのではなく、そもそも国籍とは何か、という問題意識に沿って、そこから派生する様々な問題を考えてみた。
 続いて、「無国籍の防止」(第二章)、「重国籍の防止と容認」(第三章)、「国籍法における非嫡出子差別の撤廃」(第四章)という三つの問題を取り上げた。これらは、まさに家族関係の国際化に伴って、わが国が直面している問題である。そこで本書では、具体的な事件を紹介しながら、その背景に迫ると共に、理論上および実務上の問題点を、なるべく分かりやすく解説することに努めた。
 最後に、「中国残留日本人の国籍」を取り上げた(第五章)。これについては、すでに数多くの裁判例が出ているので、それらを紹介しながら、国籍法における日本の戦後処理を考えていきたい。
 本書が、以上のような問題に関心のある方々のすべてを対象としていることは、もちろんであるが、とくに実際に自分や家族の国籍問題に悩んでいる方、戸籍の担当者や外国人支援団体の方々にも読んで頂けるように、工夫を重ねた。すなわち、従来の国籍法の書物には充分に書かれていない問題に答えられるよう努めた次第である。これは、私が本書を執筆するに至った次のような経緯とも関連している。
 一九九二年九月、私は、熊本女子大学(現・熊本県立大学)の特別講義に招かれ、当時はまだそれほど知られていなかった「アンデレ事件」を題材にして、国籍法や国際家族法の話をした。その内容は、実務家向けに書き直し、『戸籍時報』という雑誌に掲載した。この『戸籍時報』を読んで下さった朝日新聞の小山内伸記者は、翌九三年二月の「アンデレ事件」に関する地裁判決の頃から、国籍の様々な問題について、私にコメントを求めてこられるようになった。
 私のコメントの幾つかは、朝日新聞などに掲載され、それを読んだ弁護士の方々から、具体的な国籍裁判の相談を受けるようになった。「アンデレ事件」については、中川明先生、非嫡出子の国籍裁判については、松田生朗先生や中島光孝先生などである。また、ここ数年は、市町村職員中央研修所(通称・市町村アカデミー)で、渉外戸籍の講義を担当しており、いわば現場の第一線の方々と話し合う機会を得た。
 このように、具体的な事件に係わっている方々のお話を聞いていると、従来の国籍法の書物は、たしかに体系的には書かれているが、個々の問題を調べるためには、肝心のところが充分に分からない、という声が多かった。そこで、個別の相談にお答えするだけではなく、もっと広く国籍法に対する疑問に答えることを目的として、本書を執筆することにした。
 その意味で、本書は、このように多くの方々との出会いから生まれたものである。すでにお名前を挙げた方以外にも、弁護士の山田由起子先生、上原康夫先生、竹下政行先生、雪田樹理先生、信濃毎日新聞社の藤島義昭記者、国際子ども権利センターの浜田進士さん、行政書士の滝沢俊行さんなど、枚挙にいとまがない。さらに、アンデレを養子にしたアメリカ人牧師、リースさん夫妻との出会いも、実り多いものであった。
 また本書の出版にあたっては、有斐閣出版サービスの大橋祥次郎社長と有斐閣書籍編集第一部の稼勢政夫部長のお世話になった。
 これらのすべての方々に、この場を借りて、お礼申し上げたい。

 一九九六年五月
 奥田安弘


目次

はしがき

第一章 国籍の基礎知識
 第一節 国籍とは何か
  家族関係の国際化/家族にとっての国籍/個人にとっての国籍/
  家族関係全般を決定する国籍/国籍の重要性
 第二節 国籍の決定基準
  血統主義と生地主義/日本の国籍法における血統主義/元祖日本人/
  国際結婚から生まれた子どもの国籍/国籍法における男女平等
 第三節 残された諸問題
  重国籍の防止/国際化した家族にとっての重国籍/非嫡出子の国籍/
  父母不明の子どもの国籍
 第四節 人権としての国籍
  国籍法と憲法や条約との関係/国籍承継権?/滞在国の国籍取得?
 第五節 国籍と戸籍の関係
  虚偽の届出と国籍/出生未登録の子どもの国籍/国籍の一応の証明

第二章 無国籍の防止
 第一節 アンデレ事件
  無国籍児が生まれる背景/アンデレの出生/国籍確認訴訟の提起
 第二節 「父母がともに知れないとき」
  捨て子(棄児)/その他のケース/アンデレ事件の争点
 第三節 逆転勝訴の最高裁判決
  立証責任の一般的ルール/立証責任の転換/最高裁判決の持つ意味
 第四節 実務の課題
  ジェイスン事件/EDカードによって母親が特定されたケース/EDカードによる調
  査の問題点
 第五節 ヨーロッパ諸国の立法

第三章 重国籍の防止と容認
 第一節 帰化とは何か
  小錦の帰化/法務大臣の許可/普通帰化の条件/法務省のガイドライン/
  簡易帰化/国籍裁判に代わる帰化申請?
 第二節 帰化における重国籍防止条件
  ガットレット事件/王京香事件/重国籍防止条件の緩和と残された問題点/
  帰化申請者間の公平/国際結婚と重国籍防止条件
 第三節 外国国籍の取得と日本国籍の喪失
  外国人と結婚した日本人の国籍/日本国籍の喪失を知らなかったケース
 第四節 国際結婚から生まれた子どもの国籍
  国籍留保制度/国籍選択制度/国籍留保制度のルーツ/昭和五九年改正前の
  国籍留保制度/現行の国籍留保制度/JFCにとっての国籍留保制度/
  国籍選択制度のルーツと問題点
 第五節 ヨーロッパ諸国の立法

第四章 国籍法における非嫡出子差別の撤廃
 第一節 非嫡出子の国籍
  様々な非嫡出子差別/法律上の父母/認知の遡及効否定/胎児認知の妹と
  生後認知の姉
 第二節 現行国籍法の違憲性
  旧国籍法の規定/現行法における廃止の理由/国籍の安定性/外国人親の
  国籍取得/日本社会の構成員としての資格/父子関係の実際/憲法一四条
  にいう「社会的身分」 による差別
 第三節 胎児認知ができなかったケース
  別の日本人男性の嫡出子として生まれた子ども/生後認知による国籍取得を
  例外的に認めた判決
 第四節 胎児認知の届出が拒否されたケース
  書類不備による届出の拒否/届出の効力と受附の時期/添付書類の必要性
 第五節 ヨーロッパ諸国の立法

第五章 中国残留日本人の国籍
 第一節 中国残留日本人とは?
  満州国から日中国交回復まで/中国残留日本人が抱える諸問題
 第二節 身元が判明した者の戸籍の回復
  戦時死亡宣告の取消/兄弟の確率は七九・六三パーセント/先に帰国した
  残留日本人の証言/父親の確信だけでは不十分/親子関係を否定した鑑定/
  逆転認容例/間違って死亡届が出された子ども/同一人であることの認定方法
 第三節 中国への帰化による日本国籍の喪失
  「自己の志望」/外僑居留証の交付停止/中華人民共和国への入籍手続/
  中国残留日本人の帰化事情
 第四節 中国人男性と結婚した残留日本人女性の国籍
  結婚による国籍の喪失/結婚のために買い取られた少女/結婚の無効と国籍確認
 第五節 日中混血児の国籍
  父母の結婚と子どもの国籍/酒家の二階で行われた結婚の宴席/住居兼店舗の
  鞄店における結婚式/事実婚による母親の国籍取得と子どもの国籍/地方的な
  人民政府のもとでの事実婚
 第六節 身元不明孤児の就籍事件
  母親が日本人であることの証明/中国人に子どもを預けた母親/父親が子どもを
  連れていたケース/日本の服を着た捨て子/日本人孤児の村/中国人の家で
  出産した母親/日本人親子の様々な特徴/中国で生まれて父母が知れない子?/
  中国残留孤児の特殊事情

主要参考文献
判例一覧
索引