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   国際私法と隣接法分野の研究

              奥田安弘〔著〕


出版社:中央大学出版部
発行年月: 200902
ページ数 : 615
版型: A5
ISBN/ISSN: 4805705752
価格: ¥7,980(税込)


はしがき

 本書は、筆者が研究生活の最初(1980年頃)から最近に至るまでに書き溜めた論稿のうち、様々な理由から従来の論文集『国際取引法の理論』(1992年、有斐閣)および『国籍法と国際親子法』(2004年、有斐閣)に収録しなかったものを集めたものである。
 学界の先輩教授の例にならって『国際私法の研究』と題するには、筆者の研究領域が国際私法プロパーの分野から外れたものを含むため、便宜的に『国際私法と隣接法分野の研究』というタイトルにした。したがって、国際私法の隣接法分野とは何か、というようなことを詮索してもらっても困る。同様に、本書では、便宜的に4つの章立てをしているが、これも何か分類をしないと、読者に不親切であろうと考えたにすぎず、個々の論稿が章のタイトルにふさわしくないという批判をされても、筆者としては応答のしようがない。
 筆者は、その時々に必要と考えた研究をしてきたにすぎず、その成果が大学の紀要(香川大学、北海道大学、中央大学)や他の研究者との共著に散逸していたのでは、なかなか参照してもらえないことを残念に思ったにすぎない。ただし、筆者の他の著作との関係を調整するなど、若干の例外を除き、古い情報や引用文献のアップデイトなどの作業は見送らざるを得なかった。
 それよりも、かつての手書きの論稿で電子データのないものについて、抜刷をスキャナーにかけ、文字化けを訂正したり、読みづらい文章を少しでも読みやすくしたり、できる限り文献の引用や表記を統一するなどの作業に膨大な時間を費やした。各論稿を読む際には、初出一覧により、最初の公表年を確認して頂きたい。また、これらの論稿は、執筆の時期や掲載誌などが異なるため、表現や体裁が多様なものとなっている。類似のテーマについては、一見したところ、矛盾した記述と思われる箇所があるかもしれない。これらについても、調整の努力をしたが、限界があることをご理解頂きたい。
 以下では、各章ごとに、それぞれの論稿の趣旨および相互の関連について解説する。
 第1章「実質私法の統一と国際私法」は、筆者の初期の研究テーマである。その当時は、手書きで1年に1本、論文を書かなければと考え、Ⅱ・Ⅳ・Ⅰの順に公表した。Ⅱは、ドイツ学術交流会(DAAD)の奨学金により、ハンブルクのマックス・プランク外国私法国際私法研究所に1年間滞在し、日本では入手し難い資料を収集しながら書いたものであるが、理論的な詰めに不満が残ったので、Ⅰを執筆した。Ⅳは、結論的には、実質法統一条約の有無にかかわらず、船主責任制限の準拠法を法廷地法によらせるべきであると主張しているが、議論の過程では、実質私法の統一との関係も問題となっているので、便宜上、本章に含めた。
 これらの3本は、なぜ『国際取引法の理論』にそのまま収録しなかったのかを疑問に思われるかもしれない。しかし、その頃、日本学術振興会の特定国派遣研究員として、スイス比較法研究所(ローザンヌ)およびフリブール大学に1年間滞在し、当地の自由な議論に触発された目からみて、いかにも重い感じがした。また、同書に収録した他の論稿とあまりにスタイルが異なり、論文集としての統一性が損なわれると感じた。そこで、概説的に書き直し、その結論部分だけを取り入れることにした。しかし、4半世紀たった今、改めて読み返してみると、これらの3本は、筆者の研究の基礎を築いており、ぜひとも参照して頂きたいと思ったので、主に文章表現を訂正しただけで、本書に収録した。とくにⅠは、小品ではあるが、重要と考えている。
 Ⅲは、松岡博教授の還暦に捧げる企画において、旧稿を現行法の解釈としてダイジェストする機会が与えられたので、筆者の見解をよりよく理解して頂くために書いたものである。本書のⅠ・Ⅱおよび『国際取引法の理論』第4章「統一法条約の解釈」を概観できるものとして収録した。またⅤは、国際法学会の100周年記念事業において、編集委員会の依頼にもとづき書いたものであり、国際私法との関連はあまりないが、便宜的に本章に含めることにした。いわゆる企画物であるため、紙幅の関係上、多数割愛した箇所があったが、本書では、すべて復活させた。
 なお、ⅠおよびⅡのテーマについては、高桑昭『国際取引における私法の統一と国際私法』(2005年、有斐閣)のⅠ「統一私法と国際私法」があるが、両者の初出一覧を比較すれば分かるように、本書の論稿のほうが相当早く公表されている。
 第2章「国際私法の立法論的課題」は、前述のスイス在外研究の成果であるI がメインである。ちょうどスイス国際私法典が成立したばかりであり、その自由な雰囲気にひたりながら、当時はまだ1行しかないディスプレイのワープロ専用機を使って、Ⅰを執筆した。法典化の必要性・属人法の決定基準・一般例外条項という3つのテーマは、私の中では密接に関連していたが、それを適切に表現するタイトルが思い浮かばず、初出論文では「若干の基本的諸問題」とし、本書でも「基本問題」とした。スイスの文献においても、これらの3つを結び付けて、基本問題とする見解があるわけではない。
 その当時、わが国でも、法例の婚姻・親子に関する規定が改正されようとしていたが、スイスの議論に触発されて、日本の国際私法の改正について書いたものとして、Neuere Entwicklungen des Staatsangehörigkeitsprinzips im Japanischen IPR, The Hokkaido Law Review, Vol. 42, No. 6, 1992 がある。その後10年以上が過ぎて、今度は、財産法に関する規定が改正されることになり、Ⅱ・Ⅲを執筆した。そこでも、スイス国際私法への言及は多く、そのため、「国際私法の立法論的課題」というテーマのもとで、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲを同時に収録することにした。今回の通則法の制定については、さらにReform of Japan’s Private International Law: Act on the General Rules of the Application of Laws, Yearbook of Private International Law, Vol. 8 (2006), 2007 およびAspects de la réforme du droit international privé au Japon, Journal du Droit international, 134e année, N° 3, 2007 を公表した。
 なお、Ⅱは、通則法の要綱中間試案について書いたものであるが、その後、EUのローマⅠ規則およびローマⅡ規則が成立した(前者は2008年6月17日、後者は2007年7月11日)。とくにローマⅠ規則は、特徴的給付の理論について契約類型毎に具体例を挙げていること、特徴的給付の理論を先行させ、それを個別的例外条項により修正する形をとっていること、任意債権譲渡における債務者以外の第三者との関係について、譲渡人の常居所地法を適用する旨の草案の規定が削除されたことが、本稿との関連で注目される。
 第3章「国際取引と法」は、まさに無理やり付けたタイトルとしか言うしかない。Ⅰは、鳥居淳子教授の研究をアップデイトするだけでなく、特徴的給付の理論とその例外という観点から、従来の判例を分析しなおしたものであり、その意味では、第2章とも関連している。なお、スイス国際私法においては、明文の規定がない時代から、判例により特徴的給付の理論およびその例外が認められており、わが国においても、通則法の制定以前にこれを解釈論として主張することに意味がなかったわけではない。Ⅱは、若干概説的ではあるが、第1章および第2章における研究の成果を消費者法に応用したと言える。Ⅲは、送達条約の解釈という点において、第1章と関連しないわけではないが、むしろ外国法の実態をあるがままに分析しようとした点に意味がある。なお、本稿の内容は、その結論を含め、わが国の民事訴訟法118条2号の解釈とは全く関係がない。後者の問題については、「外国からの直接郵便送達」『国際私法の争点〔第2 版〕』(1996年、有斐閣)を参照して頂きたい。
 第4章「戦後補償における抵触法上の諸問題」は、本書に収録すべきか否かを相当に迷った。これらの論稿は、もともと中国戦後補償弁護団の依頼を受けて、裁判所に提出した意見書であり、純粋に学問的な研究とは大きく異なるからである。しかし、筆者自身は、これをきっかけとして、法例11条の解釈のみならず、サヴィニーの国際私法理論や時際法および体系際法についても、じっくり考える機会を与えられたのであるから、いわば学術的な副産物は少なからずあったと思う。そのような副産物を提供するため、あえて本書に収録した次第である。ただし、叙述が学術論文らしからぬスタイルになっていることや、相互に重複する箇所が多いことは、ご容赦頂きたい。Ⅱ・Ⅰ・Ⅲ・Ⅳの順に公表した。
 なお、戦後補償裁判自体は、Ⅳの論稿を公表した後、筆者は完全に手を引いていたが、平成19年4月17日の最高裁第二小法廷判決(民集61巻3号1188頁)は、日中共同声明により中国民間人の請求権も消滅したとして、国際私法とは無縁の論点で決着が図られてしまった。しかし、国際私法上の論点については、理論的に、今でも筆者の見解が判例や他の学説によって覆されたとは思っていない。
 以上のように、本書は、雑多な論稿の寄せ集めである。しかし、これらに最低限必要な修正を施して、1冊にまとめることは、筆者の責任であると考えた次第である。最後に、本書の編集作業については、関口夏江さんおよび小川砂織さんのお世話になった。ここに記して、御礼申し上げたい。

2008年7月
奥田安弘


目次

はしがき
初出一覧

第1章 実質私法の統一と国際私法

Ⅰ 統一私法と国際私法の関係
―いわゆる渉外実質法の観点から―
1 問題の所在
2 実質国際私法説
3 第三の規範説
4 混合規範説その1
5 混合規範説その2
6 私見

Ⅱ 国際海上物品運送法の統一と国際私法の関係
―国際私法は排除されるか―
1 はじめに
2 ブラッセル条約10条
(1) 成立の経緯 (2) 国内立法における適用範囲規定 (3) 当事者自治の原則との関係
3 ブラッセル議定書による条約10条の改正
(1) 改正の経緯 (2) 英国の1971年海上物品運送法
4 ハンブルク条約2条
5 国際私法学の発展からみた考察
6 おわりに

Ⅲ 船荷証券統一条約と国際私法との関係
1 船荷証券統一条約と国際海上物品運送法
2 条約と国内法の関係
3 法例との関係
4 船荷証券統一条約10条の構造と機能
5 国際海上物品運送法1 条の意義

Ⅳ 船主責任制限の準拠法
1 はじめに
2 ドイツ連邦共和国法
(1) 商法典改正法3条の立法理由 (2) 法廷地法説(プトファルケン) (3) 旗国法説(ケーゲル)
3 アメリカ合衆国法
(1) タイタニック号判決 (2) ノーウォーク・ヴィクトリー号判決 (3) ヤーマス・キャッスル号判決
4 諸説の分析
5 おわりに

Ⅴ 私法分野における組織的国際協力
1 はじめに
2 手形小切手法条約
(1) 前史 (2) 連盟専門家委員会の報告書 (3) その後の国際連盟の対応 (4) ジュネーブ会議招集の決定
3 私法統一国際協会の設立
(1) 知的協力国際委員会における審議 (2) 任務に関する議論 (3) 組織に関する議論
 4 おわりに

第2章 国際私法の立法論的課題

Ⅰ スイス国際私法の基本問題
1 はじめに
2 法典化の必要性
(1) NAGの問題点 (2) ZGB草案における国際私法規定 (3) IPRG成立の経緯 (4) IPRG成立の要因
3 属人法の決定基準
(1) 在留外国人および在外スイス人の状況 (2) IPRGの基本方針 (3) 住所および常居所 (4) 国籍 (5) 住所地法主義 (6) 特別留保条項 (7) 段階的連結 (8) 択一的連結 (9) 補充的連結 (10) 限定的当事者自治 (11) 取引保護 (12) 在外スイス人の保護 (13) 反致
4 一般例外条項
(1) 成立の経緯 (2) 従来の判例およびNAGの規定 (3) IPRG15条の考慮要素 (4) IPRG15条の適用対象 (5) IPRG15条の効果
5 おわりに

Ⅱ 国際私法の現代化に関する要綱中間試案
1 はじめに
2 国際私法の総則規定
(1) 問題の所在 (2) 一般例外条項 (3) 絶対的強行法規の適用 (4) 国際私法の指定の対象
3 契約の準拠法
(1) 問題の所在 (2) 契約一般 (3) 消費者契約および労働契約
4 不法行為の準拠法
(1) 問題の所在 (2) 不法行為地法主義の維持 (3) 同一常居所地法への連結 (4) 附従的連結 (5) 当事者自治 (6) 結果発生地法主義 (7) 名誉毀損および生産物責任 (8) 知的財産権 (9) 特別留保条項
5 事務管理・不当利得の準拠法
6 債権譲渡の準拠法
7 家族法上の総則的問題
(1) 日本人条項 (2) 外国における身分的法律行為の効力
8 おわりに

Ⅲ 法適用通則法の不法行為準拠法規定
1 はじめに
2 立法の範囲
3 原則規定
4 生産物責任の特例
5 名誉・信用毀損の特例
6 例外条項
7 当事者自治
8 特別留保条項
9 おわりに

第3章 国際取引と法

Ⅰ わが国の判例における契約準拠法の決定
   ―契約類型毎の考察
1 はじめに
2 売買契約
3 海上物品運送契約
4 保険契約
5 銀行取引契約
6 消費貸借契約
7 雇用契約
8 その他の契約
9 おわりに

Ⅱ 国際化と消費者
1 はじめに
2 法のハーモナイゼーション
3 抵触法上の問題点
4 国際的裁判管轄

Ⅲ 直接郵便送達に関する米国判例の展開
1 はじめに
2 問題の背景
3 米国判例の概観
4 わが国への直接郵便送達を有効とする判例
5 わが国への直接郵便送達を無効とする判例
6 その他の締約国への直接郵便送達に関する判例
7 おわりに

第4章 戦後補償における抵触法上の諸問題

Ⅰ 国際私法からみた戦後補償
―フィリピン従軍慰安婦判決に対する批判―
1 はじめに
2 国際私法不適用説の妥当性
(1) フィリピン判決 (2) 渉外的私法関係 (3) 外国公法不適用の原則
3 公務員所属国法説の妥当性
(1) オーストリア最高裁判決 (2) 附従的連結の限界
4 法例11条1項の解釈
(1) フィリピン判決 (2) 不法行為地法としての中国法 (3) 強制連行事件に特有の問題
5 法例11条2項の解釈
(1) フィリピン判決 (2)国家無答責の場所的適用範囲の限界 (3) 国家無答責の時間的適用範囲の限界(その1) (4) 国家無答責の時間的適用範囲の限界(その2)
6 法例11条3項の解釈
(1) フィリピン判決 (2) 法例11条3項の立法経緯 (3)ドイツの立法および立法草案 (4) 時効と公序の関係
7 おわりに

Ⅱ 国家賠償責任の準拠法
1 問題の所在
2 比較法的考察
(1) はじめに (2) オーストリア (3)ドイツ (4) フランス (5) イタリア (6) アメリカ合衆国 (7) イギリス (8) 在外公館ケースの説明―附従的連結の立法および立法草案 (9) まとめ
3 日本の学説
(1) はじめに (2) 山田説 (3) 住田説 (4) 沢木説 (5) 宇賀説 (6) 下山説 (7) まとめ
4 戦後補償ケースにおける法例11条の適用
(1) はじめに (2) 不法行為地法の適用 (3) 不法行為の成立要件における日本法の累積適用 (4) 不法行為の効力に関する日本法の累積適用

Ⅲ 戦後補償裁判とサヴィニーの国際私法理論
―南京事件判決に対する批判―
1 はじめに
2 国際私法不適用説
(1) 国際私法の基本的理解 (2) 実質法を前提とした国際私法の解釈 (3) 公法的法律関係の意義 (4) サヴィニー型国際私法の帰結 (5) 国際私法適用の基準 (6) 準拠法の決定 (7) 国際法と国際私法の違い
3 法例11条2項による日本法の累積適用
(1) 準拠法内部における個別法規の指定規則 (2) 国家無答責の場所的適用範囲の限界 (3) 国家無答責の時間的適用範囲の限界
4 おわりに

Ⅳ 国家賠償責任と法律不遡及の原則
1 はじめに
2 従来の見解に対する批判
(1) 古川論文 (2) 西埜論文 (3) 中国戦後補償弁護団の主張
3 関連法規の立法経緯
(1) 立法経緯の研究の必要性 (2) 旧民法財産編373条 (3) 現行民法715条 (4) 行政裁判法16条 (5) 裁判所構成法26条
4 抵触法上の考察
(1) 論点の整理 (2)時際法および体系際法 (3) 体系際法上の区別 (4) 国際法との関係 (5) 時際法上の法性決定 (6) 時際法上の公序
5 おわりに

索引