著作一覧に戻る


         国籍法と国際親子法

                 奥田 安弘/著

有斐閣
2004年09月発行
A5判上製カバー付 , 282ページ
定価 7,128円(本体 6,600円)
ISBN 4-641-04625-5


はしがき

 本書は、筆者がこの10年間に書き溜めた国籍法に関する論文などをもとに、国籍法と国際親子法の関連を考察したものである。むろんここでいう関連とは、単にわが国の国籍法が血統主義を採用しているので、出生による国籍取得の前提として渉外的親子関係の成立が問題になる、ということだけを意味するのではない。むしろアンデレ事件のように、そもそも法律上の親子関係の成立を論じえない程の父母の不明という問題や、非嫡出子の国籍取得のように、民法で認められた認知の遡及効を否定し、国籍法と国際親子法の連動を意図的に制限することが妥当であるかという問題が中心的な課題である。これらの問題は、決して目新しいものではなく、従来からも判例学説において取り上げられてきたが、1990年代以降、さまざまな国籍の外国人がさまざまな形態でわが国に流入した結果、より切実な問題として法廷で争われ、一般の注目も集めるようになった。
 筆者は、これらの問題に関する幾つかの重要な裁判に関わり、研究を進めていくうちに、従来の研究方法を根本的に見直す必要があると感じるようになった。すなわち、わが国とヨーロッパ諸国の立法の変遷や判例学説を比較研究していくと、国籍を人権問題と捉える認識に大きな差があるように思えてきた。それは、子どもの国籍取得権を規定した自由権規約や児童の権利条約を批准した時期の違いにも由来するのであろうが、ヨーロッパ諸国が次々に人権の視点を取り入れた法改正を実現し、ついには1997年のヨーロッパ国籍条約を成立させるのを目の当たりにして、彼我の大きな違いを実感した。
 そこで本書では、国際人権法の観点から国籍法および国際親子法を考察した論文も幾つか収録した。外国における扶養料の取立に関する章を設けたのも、同様の趣旨からである。また冒頭に述べた無国籍の防止および非嫡出子の国籍取得に関する章でも、同様の視点は重要なポイントとなっている。むろんかような視点も、昭和59年の国籍法改正以前に父系優先血統主義の合憲性が法廷で争われ、二宮正人『国籍法における男女平等』(1983年・有斐閣)をはじめ多数の論文などで活発に議論されたが、今は対象となる問題自体が異なるだけでなく、それを取り巻く背景も大きく異なっている。
 以上のように、本書の表題には挙げていないが、国際人権法は、本書の共通テーマのひとつとして重要な地位を占めている。そもそも国籍法は、国際私法・国際(公)法・憲法・行政法・民法など、複数の法分野に関連しており、筆者にとって専門外の文献を読まなければならないことも多かった。また裁判を通じて、行政実務に対する理解の重要性を痛感し、多数の行政先例を調査するとともに、わが国の国際的な家族関係の実態を知る必要から、社会学的な調査も実施した。それらの研究の成果は、すべて本書に取り入れたつもりである。
 本書の各章は、「初出一覧」に掲げた論文などが元になっている。あまり手を加えなかった章もあるが、全面的に再構成しなおした章もある。また初出後に公表された関連文献については、なるべく取り入れるようにしたが、時間の制約から、重要なものに限定したことをご了承頂きたい。
 この10年間の国籍法研究については、山田鐐一教授、溜池良夫教授、秌場準一教授、鳥居淳子教授などの先輩諸先生方から温かいお言葉を頂き、励みになった。また国籍裁判の原告弁護団、日弁連の子どもの権利委員会、保坂展人(前衆議院議員)事務所、国際社会事業団(ISSJ)など、子どもの人権に関わる活動の第一線の方々との交流は、単なる実情の把握を超えて、筆者に幅広い視野を提供してくれた。その他さまざまな分野の方々からも、多くの示唆を頂いたが、ここではいちいちお名前を列挙することを差し控えさせて頂きたい。また本書の出版にあたっては、独立行政法人日本学術振興会の平成16年度科学研究費補助金(研究成果公開促進費)の交付を受けたが、その申請にあたっては、有斐閣書籍編集第一部の酒井久雄部長のお世話になったし、編集作業については、有斐閣学術センターの稼勢政夫社長および清水歩美さんのお世話になった。これらのすべての方々に、この場を借りて御礼申し上げたい。

2004年6月
市ヶ谷キャンパス研究室にて
奥田安弘


目次

 はしがき
 初出一覧

第1章 国籍法・国際親子法と児童の権利条約
1 問題の所在
2 出生登録および国籍取得に対する権利
 (1) 問題の所在 (2) 出生登録 (3) 無国籍の防止 (4) 非嫡出子の国籍取得
3 国籍を保持する権利
 (1) 問題の所在 (2) 国籍留保 (3) 国籍選択 (4) 外国国籍の取得または選択
4 国際養子縁組
 (1) 問題の所在 (2) 国内養子縁組優先の原則 (3) 不当な金銭授受の禁止
 (4) 条約の締結
5 外国における扶養料の取立
 (1) 問題の所在 (2) 国内法上の措置 (3) 条約の締結
6 国境を越えた子どもの奪い合い
7 人権としての国籍と家族法における国家の責任
 追記

第2章 国際人権法における国籍取得権
1 問題の所在
2 国籍の概念および機能
 (1) 国籍の概念 (2) 国籍の機能 (3) いわゆる機能的国籍について
3 チュニス・モロッコ国籍法事件
 (1) 事案および勧告的意見 (2) 領域主権などとの比較 (3) 国際法の一般原則
 (4) 国内管轄の意義 (5) 国家自治の原則に関する政府の見解
4 国籍に関する国際法規則の生成
 (1) 条約における国籍取得権の発展 (2) 児童の権利条約における国籍取得権
 (3) 国籍取得における非嫡出子差別
5 国内管轄事項から国際法による規律へ
 追記

第3章 未承認国家の国籍法の適用
1 問題の所在
2 行政実務における適用否定説
3 行政実務の一貫性
4 実際上の不都合
5 理論上の問題点
6 司法的救済
7 未承認国家との人の交流と法適用

第4章 無国籍の防止―国籍法2条3号の立法論および解釈論
1 問題の所在
2 ヨーロッパ諸国の立法
 (1) フランス (2) イタリア (3) ベルギー (4) スペイン (5) オランダ・オーストリア・ドイツ
3 わが国の立法および判例
 (1) 国籍法2条3号の立法経緯 (2) アンデレ事件以前の裁判例 (3) アンデレ事件
4 立法的解決の課題
 補論―平成15年の横浜家裁審判に対する疑問

第5章 認知による国籍取得に関する比較法的考察
1 問題の所在
2 ドイツ
 (1) 1913年の国籍法 (2) 1974年の改正 (3) 1977年の改正 (4) 1993年の改正
3 フランス
 (1) 1804年の民法 (2) 1889年の改正 (3) 1927年の国籍法 (4) 1945年の国籍法
  (5) 非嫡出子の地位の変遷 (6) 1973年の改正
4 ベルギー
 (1) 1909年の国籍法 (2) 1922年の国籍法 (3) 1984年の国籍法
5 イタリア
 (1) 1865年の民法 (2) 1912年の国籍法 (3) 1992年の国籍法
6 オランダ
 (1) 1850年および1892年の国籍法 (2) 1984年の国籍法 (3) 1993年の改正
7 わが国の立法への示唆

第6章 国籍法における非嫡出子差別の合憲性
1 問題の所在
2 事実認定の重要性
3 平成10年の大阪高裁判決
4 理論上の問題点
 (1) 憲法判断の枠組み (2) 重国籍の防止 (3) 国籍の浮動性の防止
  (4) 親子の実質的結合関係 (5) 準正による国籍取得および帰化
5 実務上の問題点
 (1) 問題の所在 (2) 胎児認知届の受付 (3) 婚姻中の外国人母の胎児
  (4) 離婚後の胎児認知
6 平成14年の最高裁判決
7 分析
 (1) 法廷意見 (2) 亀山裁判官の補足意見 (3) 梶谷・滝井裁判官の補足意見
8 将来の展望
 補論―立法論説に対する疑問

第7章 外国における扶養料の取立
1 問題の所在
2 国連扶養料取立条約
 (1) 成立の経緯 (2) 条約の概要 (3) 条約の適用範囲 (4) 伝達・受任機関の指定
  (5) 伝達機関への申立 (6) 文書の送付 (7) 判決などの送付 (8) 受任機関の任務
 (9) 条約の運用状況
3 ドイツの外国扶養請求権法
 (1) 立法経緯 (2) 総則 (3) 外国への申立 (4) 外国からの申立 (5) 実務上の問題点
4 わが国への示唆

 事項索引