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       共同研究 中国戦後補償

             ―歴史・法・裁判―

    奥田安弘/川島真/秋山義昭/申惠丰/鈴木賢/山田勝彦/尾山宏


明石書店 世界人権問題叢書
ISBN:9784750312514
判型・ページ数:4-6・272ページ
出版年月日:2000/02/01


はしがき

 一九八〇年代以降、日本とアジア諸国のかかわりは、各分野で急速に密接になっている。しかし、かかわりが密になればなるほど、「違い」や「わだかまり」が浮上することもまた事実である。その中で、特に問題となるのは「公共の記憶(パブリック・メモリー)」のズレとそこから生じる様々な争点であろう。
 多くの日本人や日本企業がアジアで耳にする反日的言説は多岐にわたるが、その代表は何といっても戦後補償問題ではないだろうか。そのわだかまりがときに誤解にもとづくものであると感じられるにせよ、戦後補償問題が解決しなければ、日本とアジア諸国の関係はつねに火種を抱えているような状況に置かれていることは問追いない。これらの問題を解決するとは、そもそもどうすることなのかという根本的な問いもあるが、それを含めて解決策を模索することは、一定の意義をもつことになると考えられる。
 ここでポイントをおくべきなのは、日本側の主張が妥当であるか否かというよりも、受け取り手の側が納得することは稀だということである。この問題は、少なくとも感情面において解決に向かっているとは言いがたい状況にある。しかし、だからといって、日本側が相手の主張をすべて鵜呑みにすればよいかと言えば、それもまた否であろう。
 この困難な問題をいかに解決するのか、あるいはどのようにすることが真の解決であるのかといったことは、政界・学界・法曹界など様々な場で議論されてきた。しかし、この問題に関心をもち、また現実に関わっている様々な分野の人々が共同研究をする中で、立体的に問題を把握し、解決のあり方を模索していくような試みは、従来あまりなされてこなかったように思われる。
 そのような共同研究の一つの試みとして、一九九八年九月一二日、東京代々木のオリンピック・センターにおいて、「戦後補償シンポジウム」が開催された。このシンポジウムでは、憲法・行政法・国際法・国際私法・中国法という法律分野の研究者と歴史学の研究者、さらに中国人戦後補償弁護団の弁護士がそれぞれの立場から報告をおこない、討論をおこなった。
 聴衆としては、様々な戦後補償裁判に関わっている弁護士や支援団体の会員が参加し、時には報告者との間で鋭い意見の対立を交えながら、シンポジウムは、一定の成果を挙げることができた。そこで、各報告者があらためて論文を執筆し、一冊にまとめることによって、その成果を広く各界に問うことにしたのである。
 ただし、その後、諸般の事情から出版が遅れ、原稿がほぼ出摘った一九九九年九月末には、七三一・南京事件に関する東京地裁判決が出た。この段階で、すべての執筆者が原稿を書き直すことは不可能であったので、新たに原告弁護団長の尾山宏弁護士に原稿を依頼し、判決内容の分析をして頂くことにした。
 このようにして集まった論文は、歴史学・行政法・国際法・国際私法・中国法の各分野の研究者が執筆したものであり、まさに学際的研究と呼ぶにふさわしいものになった。また裁判実務および南京判決については、弁護士のお二人に執筆して頂き、理論と実務の橋渡しをして頂いた。本書が今後の裁判実務および理論的な研究の双方に寄与し、戦後補償問題を解決する一助となれば、執筆者一同として、これにまさる喜びはないであろう。
 最後になったが、本書の出版にあたっては、明石書店編集部の黒田貴史さんや是永海南男さん、小川和加子さんのお世話になった。また中国戦後補償弁護団および支援団体の方々のご協力がなければ、シンポジウムはもとより、本書の出版も実現しなかったであろう。これらの皆さんに、この場を借りて、お礼申し上げたい。

 一九九九年一二月
 執筆者を代表して
 奥田安弘 川島真


目次

 はしがき
第一章 歴史学からみた戦後補償 [川島真]
第二章 行政法からみた戦後補償 [秋山義昭]
第三章 国際法からみた戦後補償 [申惠丰]
第四章 国際私法からみた戦後補償 [奥田安弘]
第五章 中国法からみた戦後補償 [鈴木賢]
第六章 裁判実務からみた戦後補償 [山田勝彦]
第七章 南京判決の概要と評価 [尾山宏]