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      市民のための国籍法・戸籍法入門

                   奥田 安弘 著


明石書店
本体2,000円+税
ISBN:9784750309064
判型・ページ数:4-6・248ページ
出版年月日:1997/03/01


はしがき

 「在日の問題を忘れていませんか」
 こんな発言が飛び出したのは、ある国籍裁判を支援する集会で、シンポジウムを開いている時だった。この裁判では、フィリピン人女性から生まれた婚外子が日本人男性から認知されたのに日本国籍を取得できない、という問題が争点であった。そとで私は、この問題について講演を行った後、立命館大学の二宮周平教授等とともに、会場からの質問に答えていた。
 その時に、冒頭の批判が発せられたのである。在日朝鮮人の問題を抜きにして、国籍法を語ることはできない、という趣旨であった。突然のことに、私は返答に窮してしまったが、司会の中川明弁護士が「今日は別の問題にポイントを合わせたので、その問題は取り上げませんでした」と述べて、とりなして下さった。
 その後、私は、無国籍児訴訟として知られる「アンデレ事件」や日比混血児(JFC)、中国残留孤児の国籍問題などをまとめて、『家族と国籍』(有斐閣選書)という本を出版した。しかし、シンポジウムでの出来事が頭の片隅に残ったままであった。
 そこで、『家族と国籍』の執筆を終えた後、在日関係の書物を幾つか読んでみた。すると、冒頭の発言の主が述べたような主張は、かなり広まっていることが分かってきた。しかし、在日朝鮮人の国籍問題とJFCの国籍問題を同じ土俵で扱うことは無理であろう。問題点の整理をする必要があると感じた。
 私は、明石書店の黒田貴史さんと相談した結果、本書を執筆することにした。本書は、『市民のための国籍法・戸籍法入門』というタイトルをつけているが、これは、市民の側に立って国籍法や戸籍法を考え直してみよう、という意図を込めている。また、われわれ大学の研究者は、これまで市民の疑問に対して十分に答えてこなかったのではないか、という自省の意味も含んでいる。
 そこで、本書の「理論編」では、いわゆる市民運動家の側からの問題提起を想定し、それに対して、私なりの解決方法を提案してみた。また「実践編」では、通常の実務解説自に取り上げられていないような問題を選び、できるだけ実践的なアドバイスを考えてみた。いずれも冒頭で設問(Q)と回答(A)を短く要約し、その後に詳細な解説を加えるというスタイルを取った。
 さらに在日の国籍問題については、具体的な解決方法を示した方がよいと思ったので、参考資料として、「日本国に居住する大韓民国国民の国籍に関する日本国と大韓民国との問の協定(案)」および「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の国籍取得に関する特例法(案)」を掲載した。これらは、もちろん私が考えた一試案にすぎない。また巻末には、一般の方々が入手しやすい本を中心として、文献案内を付けた。
 今、執筆を終えてみると、国籍法については、かなり満遍なく項目を立てることができたが、戸籍法については、私が国際私法を専門にしていることから、いわゆる「渉外戸籍」の分野に偏ってしまった。この点は、なにとぞ御容赦いただきたい。
 なお文中で、単に「在日朝鮮人」という場合には、韓国の国籍保有者と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国籍保有者をともに含むが、日本に帰化した者は除く。この用語法自体が一つの大きな問題であることは承知しているが、本書では、この問題に深入りするのを控えさせていただいた。また近々、韓国の国籍法が改正されるのではないか、という噂があるが、本書は、一九九二年の改正案までしかカバーしていない。この点も、なにとぞ御了承いただきたい。
 本書を執筆するにあたっては、多くの方々のお世話になった。国籍裁判を一緒に闘った弁護士や外国人支援団体の方々、資料を提供して下さった東洋経済日報東京本社編集部の李相兌さん、さらには明石書店編集部の黒田貴史さんや野口裕美さん、本書の執筆項目にコメントを寄せて下さった森木和美さんなどである。これらのすべての方々に、この場を借りて、お礼申し上げたい。

一九九七年二月
奥田安弘


目次

第一部 理論編
 在日の国籍問題/国籍と市民権/血統主義と生地主義/父母両系血統主義/重国籍者の国籍
 選択制度/帰化/無国籍の防止/国籍法における子どもの差別/滞在国の国籍取得/戸籍制度

 参考資料
 1 日本国に居住する大韓民国国民の国籍に関する日本国と大韓民国との問の協定(案)
 2 日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の国籍取得に関する特例法(案)

第二部 実践編
 不法滞在者の結婚と在留特別許可/国際結婚と氏の変更/海外結婚と戸籍への届出/外国人との
 協議離婚/外国離婚判決の効力/混血児の出生届/認知と国籍/父母不明の子の戸籍作成/
 渉外養子縁組/日本国籍の喪失

 文献案内
 事項索引