奥田メモに戻る

 法科大学院生の勉強のあり方(私家版司法試験ガイド) 

  ―国際関係法(私法系)を中心として―


2022年6月15日(随時更新)
奥田安弘


本サイトの趣旨〕〔制度に対する誤解〕〔国際私法に対する誤解〕〔勉強方法に対する誤解〕〔答案の書き方に対する誤解〕〔誤解のまとめ


本サイトの趣旨

このサイトは、私が20年近く法科大学院で授業をしてきた経験をもとに、法科大学院発足当初の2004年と現在とでは、法科大学院生の勉強方法が大きく異なるように思い、改めて法科大学院生のあるべき姿を問い直すものです。

とくに国際関係法(私法系)については、大きな誤解が広まっているようであり、それは、インターネット情報に表れています。主要なものを挙げれば、次のとおりです。

・国際私法の出題範囲は狭い。
・条文の趣旨を必ず書くべきである。
・答案の型が決まっている。
・国際私法の教材は少ない。
・答案は司法試験の出題趣旨にならう。

TOPに戻る

■制度に対する誤解

・暗記で通用するのは学部だけ
一般の人は、法律の勉強は暗記だと思い込んでようですが、法科大学院生が同じでは困ります。暗記で足りるのであれば、AIにデータを入力して、処理させたほうが格段に優れていることは明らかです。法科大学院も、司法試験も、弁護士や裁判官も、すべて不要となります。授業や教科書の内容を暗記して、そのまま答案に書けば通用するのは、学部で終わりであり、法科大学院では、全く異なる勉強方法が必要となります。

・法律の条文を読み解く
法律の条文は、誰でも理解できるのが理想ですが、現実は異なります。なぜなら、様々な利害が対立し、ある人が正義と思っていることは、他の人にとっては、むしろ悪となるからです。そこで、法的紛争が起きるわけですから、法律家の卵である法科大学院生は、そのような利害の対立に思いを馳せ、法律の条文は、様々な読み方ができることに気づくのが第一歩です。

(注)これに関連して思うのは、なぜ裁判に負けたら、「不当判決」という垂れ幕を掲げるのかです。「勝訴」という垂れ幕も同じです。メディアが求めていると思っているのかもしれませんが、法律のプロとしては失格です。そもそも見解の相違があるからこそ、裁判が起きるのであり、原告は、敗訴を不当と思っても、被告は、裁判所が正当な判断をしたと思い、逆もまた真なりです。

・判例などの取扱い
司法試験の出題趣旨や採点実感では、最高裁判例を踏まえていることが求められることがありますが、最高裁判例の暗記が求められていると勘違いする学生がいます。最高裁判例は、その結論に至る論理過程を理解しなければ、無意味であり、問題文に記述された事実関係のもとで、その論理によって良いのか否かを自分で判断し、場合によっては、それとは異なる結論に至ったとしても、その過程が論理的である答案は評価され、最高裁判例の結論に飛びついたにすぎない答案は評価されません。通説などの学説も、同様です。

TOPに戻る

■国際私法に対する誤解

・国際私法の出題範囲は狭いのか?
かつて学部の授業において、年次配当が厳格に決まっていた頃は、国際私法は、4年後期に配当されていました。すなわち、他の実定法科目の勉強をすべて終えた後に、法哲学や法制史などのように、法律の基本ができている者が国際私法の受講資格を有すると考えられていました。司法試験でも、とくに家族法は、外国法の内容が試験問題に掲載され、準拠法の適用結果まで問われることがあり、日本法との違いは、当然に分かっていることが前提とされています。その外国法も、問題文では、架空の法とされていますが、実際の外国法がモデルとされているので、少なくとも諸外国の法の傾向くらいは、知っている必要があり、私も、そのような授業をしています。

・条文の趣旨を必ず書くべきであるのか?
司法試験の出題趣旨や採点実感において、条文の趣旨の記述が求められことがあります。しかし、それは、単に条文の趣旨さえ書いておけば足りるという意味ではありません。法性決定や連結点の確定などの条文の解釈に結びつける必要があります。逆にいえば、いついかなる場合も、必ず条文の趣旨を書く必要があるわけではなく、必要があるときにだけ書くのですが、多くの学生は、単に一般論として暗記した条文の趣旨を丸写しにするだけであり、それが条文の解釈に結びついていないので、評価が低くなってしまうのです。

・答案の型は決まっているのか?
狭義の国際私法では、法性決定・連結点の確定・準拠法の決定という三段階の問題があることは、初回の授業で教えますが、答案で必ず法性決定から書き始める者が多いのには、困ってしまいます。期末試験や司法試験では、問題文は、幾つかの枝問に分かれ、一つの枝問で答えるべきであるのは、通常、三段階のいずれか一つだけですから、いずれが問われているのかを良く考える必要があります。さらに毎年同じような問題が出ているという誤解も見かけますが、出題者は、膨大な時間を費やして、試験問題を考えているので、同じように見えても、実は問われていることは全く別であることに気づく必要があります。

・国際私法の教材は少ないのか?
他の選択科目と比べて、たしかに体系書と呼ばれるものは少ないかもしれませんが、今でも山田鐐一『国際私法〔第3版〕』(2004年)や溜池良夫『国際私法講義〔第3版〕』(2005年)を踏まえた出題がなされることがあります。これらの本は、通則法の制定前に出版されたものですが、明らかに条文が異なる場合を除き、裁判実務では、今でも参照されることが多いように思います。そこで、拙著『国際財産法』(2019年)および『国際家族法〔第2版〕』(2020年)でも、山田・溜池両先生の本を中心としつつ、問題提起を試みましたが、あまり法科大学院生には歓迎されていないようです。学生がハンディな教科書を好むのは、むしろ「国際私法の出題範囲は狭い」とか、「答案の型は決まっている」という思い込みによるのではないかと疑っています。
2022年度授業用参考文献 リンク

・司法試験の出題趣旨は答案の見本となるのか?
もちろん答えはノーです。私の期末試験の講評に出題趣旨を書く際は、「なお、以上は、出題趣旨の解説であり、具体的な答案の記述方法とは異なることに注意して頂きたい」という一文を入れています。とくに国際関係法(私法系)の出題趣旨は、最近の傾向として、通則法や民訴法などの条文を鍵括弧付きで引用したり、法性決定について、通説的な理解による結論を示すだけであったりしますが、このような書き方では、高い評価を得ることはできません。その他にも、出題の趣旨には、首を傾げる点が見受けられます(後述参照)。

TOPに戻る

■勉強方法に対する誤解

・マーカーのお絵描き
かつて対面型の授業を実施していた際に観察していたら、今の学生は、ハンディな教科書に様々な色のマーカーを塗るだけであり、何も書き込もうとはしないので、驚いたことがあります。教科書がハンディであれば、なおさらそこに書き込むことがあるはずなのに、何も書き込むことを思いつかないのかもしれません。対面授業では、当事者の関係図や時系列表をホワイトボード一杯に書いて、それを何回も繰り返していましたが、学生は、それを書き写すのがやっとであり、ゼミで学生に報告をさせても、全く図を書けなかったのは、予習や復習の段階で、自分で図を書く訓練を積んでいないからだと思います。インターネット情報では、答案構成用紙は、時間の無駄だから使わないという意見をよくみますが、とんでもないことであり、私たち研究者でも、具体的な事案は、必ず図を書いています。

・教科書に頼りすぎ
教科書というものは、それぞれの著者が一定の立場から自分の見解を述べているだけであり、様々な解釈の可能性を考えるべき法科大学院生にとっては、むしろ有害となることがあります。いずれにせよ、法科大学院を修了した後、5月の試験までは、基本科目の復習に追われ、国際私法の勉強などする余裕はないでしょう。そのような受験生が教科書の暗記に頼る勉強をしていたら、司法試験の本番では、その教科書に書かれていたことを思い出すこともできず、問題文と条文を丸写しにしたような答案しか書けないことになってしまいます。

・論点メモ
来年春に退職する前に、最終年度は、論点メモだけを配ることにしました。なぜなら、期末試験や司法試験では、六法だけが手許にあるので、それと同じような状況に慣れてもらうためです。論点メモでは、関連する日本の法令の条文番号を挙げ、また判例は、判例集を引用して、自分で確認するよう求めています。ところが、学生は、単に条文や判例を読んでくることだけが「確認」だと思い込んでいるようです。今は、インターネットで何でも調べることができる時代ですから、予習の段階で分からないことがあれば、自分で調べるであろうと思っていましたが、授業で説明してもらえるであろうと期待していたようです。そんなことで司法試験に合格したとしても、自立した法律家になることはできません。ちなみに、後期の授業では、国際財産法および国際家族法のそれぞれについて、私のサイトおよびその中の主なサイトへのリンク集を資料として配ることにしました。そこまでしてあげないと、自分では何もできないというのは困ったものです。
国際取引資料集:http://wwr2.ucom.ne.jp/myokuda/kokusai_torihiki.html
国際家族法資料集:http://wwr2.ucom.ne.jp/myokuda/shiryoshu.html

・ゼミなどの履修者の激減
このような消極的姿勢は、ゼミ(テーマ演習)の履修者の激減にも表れています。リサーチ・ペーパーを書く研究特論の履修者は、すでに何年も前から減っていましたが、さらにゼミの履修者まで減ってしまうのでは、法科大学院の教育理念は、どこに行ってしまったのかと思います。本法科大学院では、選択科目の数が膨大であり、教員は、一定の限度内であれば、自由に特別講義を設けることができるので、学生は、それで修了要件を満たすことができてしまいます。数年前までは、私のゼミにも、履修希望者がいましたが、周りの学生からは、「そんなことに時間を費やしていたら、司法試験に合格できない」と忠告されていたそうです。結果的には、私のゼミを履修した学生が合格し、そのような忠告をした学生が不合格になったようですが、訓練や討論に時間を惜しむ学生が増えていることは、私が退職を早める理由の一つともなっています。

■答案の書き方に対する誤解

・ナンバリングと改行
選択科目の試験は3時間です。国際私法は、第1問が家族法であり、第2問が財産法ですから、各1時間半であり、それぞれ答案構成に15分、見直しに15分、枝問が各4つとしたら、枝問一つの答案を書く時間は、15分しかありません。私の経験上、1つの枝問の解答は、平均15行ですが、多くの学生は、その間に何度もナンバリングをして、改行をしています。たかだか15行でそんなことをしたら、文章はバラバラになり、論理のつながりなどあろうはずがありません。そう思っていたら、最近の裁判官は、世代が変わったのか、判決文が同じようにナンバリングと改行だらけであり、ますます日本語としての体裁を保てなくなっているのは、嘆かわしい限りです。

・思いつきを何でも書いても良い?
狭義の国際私法の法源である通則法の条文は、解釈の幅が広いため、何を書いても評価されるだろうと誤解する学生が多くいます。たとえば、契約準拠法については、当事者の法選択がなければ、最密接関係地法によります(通則法8条1項)。特徴的給付の理論により最密接関係地法の推定がなされるとはいえ(同条2項)、その推定どおりに最密接関係地法を認定するのか、それを覆すのかは、国際私法のセンスが問われるところであり、何を書いても良いわけではありません。また、不法行為の準拠法に関する結果発生地法(通則法17条本文)も、解釈の幅がありますが、やはり何を書いても良いわけではありません。具体的な事案に即して、国際私法的に意味のある事実だけを取り上げる必要がありますが、教科書の丸暗記では、そのような能力は身につきません。

TOPに戻る

誤解のまとめ

世間では、法科大学院に入学したというだけで、あたかも「司法試験合格、法曹への途が開けた」と勘違いされることがありますが、以上を読めば分かるとおり、現実は全く異なります。

そもそも司法試験の合格者の推移をみれば、法科大学院制度が発足し、最初の司法試験が実施された2006年でさえも、合格率は、48.25%にすぎません(旧司法試験合格者を含む)。その後、合格率は、2014年の22.58%まで落ちた後、徐々に回復傾向に向かいますが、受験者は、減少の一歩を辿っています。
https://www.bengo4.com/times/articles/259/

そして、2022年には、司法試験の受験者は、3082人にもかかわらず、合格率は、45.5%というように、新司法試験に移行した2012年以降、過去最低と過去最高を記録することになります。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF068RL0W2A900C2000000/

受験者の減少に関するコメントは、たくさん出ていますが、合格率の上昇に関するコメントは見当たりません。現場の教員の立場からみれば、司法試験問題の難易度が高くなっているにもかかわらず、採点が甘くなっている疑いがありますが、他にも興味深いデータがあります。法科大学院別の合格者数と合格率の比較です。
http://building-pc.cocolog-nifty.com/map/2022/09/post-ac6413.html

これによれば、全国平均の45.5%を上回っているのは、合格者数の上位校に多いことが分かります。すなわち、法科大学院の二極化が進んでいるのです。本法科大学院は、これまであまり全国平均を下回ることがありませんでしたが、2022年に至っては、26.2%にまで下がっており、そのため危機感を抱いているのですが、2004年当時と異なり、カリキュラムは、基本科目偏重が進み、既修者試験の合格者でさえも、最初の1年は基本科目の繰り返しばかりであり、選択科目(とくにゼミ)を履修する余裕など、ほとんどありません。

2004年当時との違いは、他にもあります。当時は、1学年300人のビッグロースクールを標榜していましたが、その後、入学定員を200人に減らし、実数は、さらに100人を下回っています。これは、他の法科大学院に合格した者に逃げられていることを示しています。
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52255287.html

それにもかかわらず、留年者数が他の法科大学院とあまり変わらないのは、かえって心配になります。司法試験合格者の多い他の法科大学院も、おおむね20%程度ですが、法律試験を受けないで入学した未修者の場合は、30%~50%という例も見られます。
https://note.com/namayoukan/n/n8fa0553c3618

(注)文科省の法科大学院関係状況調査には、留年率が掲載されているので、その後の数字を継続的に追跡することができます。
 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houka/mext_01068.html
 すでに2014年の段階で、法科大学院生の留年が問題になっていました。
 http://kuronekonotsubuyaki.blog.fc2.com/blog-entry-961.html

国家試験の合格率が高い医学部の場合も、卒業が極めて困難であり、途中でリタイアする者が多数いるようですが、法科大学院も、そのような方向に向かわざるを得ないのでしょう。たとえ司法試験に合格しても、司法修習後の修了試験(いわゆる二回試験)がありますし、また裁判官や検察官になれるのは、一握りであり、弁護士も、都市部では、就職が困難と聞いております。人の一生を左右するかもしれない仕事であることを考えれば、常に勉強を続けるのは当然であると思います。

補足1:医学部の例

医学部については、6年間ストレートの進級率や卒業率のデータを見つけました。
https://dazaifu-academy.jp/topics/11633/

それによれば、トップクラスの医学部の学生は、ほとんど留年しませんが、多くの大学では、10%~20%の割合で留年していることが分かります。ただし、国家試験の合格率は、軒並み90%以上です。もちろん単純な比較はできませんが、入学自体は、法科大学院よりも難しいはずですから、在学中の勉強がいかに大変であるのかとは、容易に想像できます。

それでは、留年した学生は、どうなるのか、さらに国家試験に合格できなかった学生は、どうなるのか、心配になりますが、人の命に関わる仕事ですから、そもそも誰でも医者になれるわけではない、と考えるのが普通でしょう。法曹養成も同じであり、誰でも簡単に司法試験に合格できるようになる、という考え方自体が間違っています。

補足2:歯学部の例

念のため歯学部を調べたら、もっとすごいことになっていました。そもそも国家試験の合格率が60%台であり、低い大学は30%台となっています(2021年)。
https://www3.ir.kyushu-u.ac.jp/files/loader/ir/public/p_gaiyou/e_info/p_irinfo_16-3.pdf

留年率は、私大の場合ですが、低い大学でも10%台、高い大学では30%台後半となっています(2019年度)。総じて医学部よりも、国家試験合格率は悪く、留年率は高いことが分かります。
https://seiko-lab.com/shigakubu/shigakubu7.html

TOPに戻る



---------------------------------------------------
Copyright (c) 2022 Prof. Dr. Yasuhiro Okuda All Rights Reserved