高木幹雄先生の思い出
高木幹雄先生の思い出
産業技術総合研究所
情報技術研究部門長
坂上勝彦

映像情報メディア学会がテレビジョン学会時代の会長でいらっしゃった高木幹雄先生が、2006年2月2日20時3分に膵臓癌のためお亡くなりになりました。享年69歳でした。本当に突然のことで正直まだ受け入れられない状態です。高木先生の研究室で博士号を取ってからも、お世話になりっぱなしで、直前の1月末にもお願い事のメールを差し上げたところ、すぐに御返事を頂き感謝したところでした。昨年末にはお葉書を頂き、「ご自愛下さい」と逆に言われるほどでした。何事もなかったかのように飛び交っている画像関係のメーリングリストが、高木先生には届いていないのだな… と思うと改めて寂しく感じます。それくらい突然の訃報でした。私をはじめ門下生、すなわち東大、理科大、芝浦工大と大学を越えて研究室に所属した3百数十名の高木会メンバーは、皆、心の拠り所を無くした気持ちです。

私が高木先生の御名前を初めて目にしたのは大学院の研究室名一覧表でした。まさに、これから何の研究をしようかと悩んでいたときに、「ディジタル画像処理」という魅力的な文字を見つけました。六本木というこれまた魅力的な場所に東大生研という研究施設があることもそのとき知った次第です。当時、まだまだ未知の分野であったディジタル画像処理が、特に我が国でこれだけ進歩したことに対する高木先生の功績は極めて大きいということは万人が認めるところでしょう。教育・研究面だけに留まらず、画像が関係するたくさんの学会運営に対する貢献、官庁や財団に対する貢献、国際交流に関する貢献等々、技術を発展させるためのあらゆる面での「心配り」という点で、この上なく大きな貢献をされました。まさに我が国の、そして世界の大きな損失であり、巨星墜つという事実を受け止めるとともに、一人一人がご遺志をついで行かなければならないと思います。

その1976年当時、高木先生はまだ助教授で、1979年6月に東京大学生産技術研究所教授にご昇任されました。まさにバリバリのディジタル画像処理分野の草分けとしてご活躍されていました。多次元画像処理センターという組織が、2階建ての建物として東大生研内にできたのもそのころです。尾上守夫先生の研究室とは誰がどちらの所属か分からないくらいに、学生も助手もいっしょになって、いろいろな画像入力装置や画像出力装置、画像処理ソフトウェア、画像処理応用等々に取り組み、高木先生の持ち前の行動力とアイデアで次から次へと多くの成果が出ました。新しいものを作り出す産みの苦しさではなく、黎明期の楽しさが研究室に満ちていました。朝、研究室に行くと誰かがソファで寝ている状態で、高木先生も酔いさましで遅くまで研究室にいらっしゃることも多く、深夜までわいわいがやがやでした。さらに、春と秋のテニス合宿、冬と早春のスキー合宿、別荘での海水浴、ご自宅での大忘年会と、高木先生を交えての本当に楽しい学生生活でした。みんな、高木先生に良い実験結果を喜んでもらおうという気持ちで楽しく研究していた記憶がよみがえります。高木先生と親交のある方なら、この雰囲気を分かって頂けると思います。

高木先生のご活躍は非常に多岐にわたります。9年前の還暦退官記念パーティーでの多くの分野からのお祝いでも分かるように、ディジタル画像処理研究は、先生のご活躍の中ではほんの一部だったかと思います。エレクトロメカニカル機能部品、非破壊検査、リモートセンシング、標準化活動等々、先生のお人柄は多くの分野の多くの人に慕われていました。特に、気象衛星NOAA画像の利用については特にライフワーク的な活動をされ、受信・即時処理・蓄積・配布を行う一貫システムを自前で構築されました。とにかく考えていることが大きいなぁと、そばにいて実感しました。恩師というのはいろいろなタイプがあると思います。確固たる基本技術や理論を持っている先生、言葉で弟子を感動させる先生、俺についてこいと言う強烈なリーダーシップ、どれとも違います。うまく言えないのですが、また、引き継げていないのですが、「前向きにみんなで盛り上げて大きく育てる気持ち」の重要さを高木先生から教わった気がします。先生が人の研究を悪く言ったり、私も含めて学生を叱っているという記憶がありません。あれは面白い、これはいい、ということばかりだったと思います。だからみんなでそれに応えようと楽しくいろいろ活動しました。合宿もパーティーも、ほとんど同じ考え方だったような気がします。高木先生が縁日で買われたひよこまで、何年か後には大きな雄鶏に成長して、ご自宅での忘年会の時には追っかけられたりしたほどです。

高木先生、早すぎます。でも、先生にお世話になったたくさんの人たちが先生の考え方で盛り上げて行きます。映像情報メディア学会も大きく育つでしょう。そして、告別式での奥様のお言葉通り、自分の体のチェックは怠りなきよう肝に銘じます。今は、ただ安らかにお休みいただくよう、ご冥福をお祈り致します。


映像情報メディア学会誌, vol.60, no.4, pp.2-3 (2006)