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欧米諸国から見た日本法―多様な視点を求めて―

マーク・デルナウア/奥田安弘 編著

出版元:中央大学出版部
発行年月日: 20241129
ページ数 : 294
版型: A5
ISBN: 978-4-8057-0834-7
価格: ¥3,500+税


■序文

外国法研究および比較法の重要な意義は、多くの場合、自国の法律問題を解決し、自国法を新しくするためのヒントを見つけるために、外国法に関する知見を得ることに見出される。そのため、比較法学者は、まず異質なものを見て、自国法の経験に基づき、それを分析する。

日本においても、新しい立法を準備する際に、外国法を調査するのは、長い伝統であり、明治の初期にさかのぼるだけでなく、中国の前近代法の継受を含めれば、7世紀にまでさかのぼる。その反対に、外国法の経験に基づき、日本法を振り返ることは、あまり行われてこなかった。1つの理由としては、外国において日本法に関する知見があまり広まっておらず、日本法に関する外国語文献の数が少なかったことが挙げられる。しかし、別の理由としては、これまで多くの法律家にとって、これが役立ち得るとは、あまり想像できなかったことにもよる。

ところが、日本法に関する外国の専門家の数は、1990年代の初頭から、米国、欧州の一部、オーストラリアにおいて増加した。特にドイツにおける増加は著しい。一方、日本の研究者も、外国に長期間滞在し、その結果、外国法の豊富な経験に基づき、あたかも外国人の目で日本法を見るような人の数が増えた。これらの人々にとっては、日本法の状況、および日本法に継受された外国の法制度の文化変容は、日本固有の視点と異なって見えるかもしれない。したがって、このような日本法に対する見方に一層留意することは、極めて有意義と思われる。

執筆者の大部分がドイツ人であるため、『欧米諸国から見た日本法』というタイトルは、羊頭狗肉と思われるかもしれない。しかし、各章を読んで頂ければ分かるとおり、ドイツ法だけでなく、他の欧州大陸法や英米法との比較も行われているため、あえて欧米諸国という広い言葉を使うことにした。また本書では、オーストラリア法を取り上げた章があり、オーストラリアを欧米に含めてよいのかという問題があるが、本書にいう欧米諸国とは、専ら法律的な観点によるものであり、オーストラリアが英国法の伝統を引き継いでいることには、異論がないであろう。

本書の企画は、2023年7月に奥田がデルナウアに概要を伝え、比較法研究所の叢書として出版したいと相談したことに始まる。その際に、奥田とデルナウアは、ドイツ人の日本法研究者によるドイツ語論文を日本語版として収録することを決め、掲載論文の選定について意見を交換した。これらの論文は、日本法の全体に関わる総論的問題(第1章・第2章)から、ADR(第3章)・債権法改正(第4章)・憲法の平和条項(第5章)に至るまで、様々な問題について考察したものである。原著者は、いずれも日本法の研究者であり、日本語の読解能力は完璧であるため、奥田は大幅に意訳をして、それが適切であるか否かは、原著者の判断に任せた。また原著者は、必ずしも元の原稿にこだわらず、大幅な修正を施した。したがって、原著者が日本語版を作成するにあたり、奥田がその意を汲んで手伝ったというのが実態に合っている。

第6章および第7章は、かつて同様の方法により、ドイツの差止訴訟と日本の消費者団体訴訟の比較、および重国籍者の国会議員資格に関する日本とオーストラリアの対応の比較について、すでに公表した論文を加筆修正したものである。また第8章は、奥田の書下ろしである。前半は、家族法上の問題点を取り上げ、後半は、日本の法科大学院制度および大学の研究環境を取り上げる。

本書の背景として、ぜひ知っておいて頂きたいのは、2003年から続くマックスプランク外国私法国際私法研究所(ハンブルク)への日本法図書発送プロジェクトである。これは、奥田が有斐閣の江草忠敬社長(現・相談役)と研究所のハラルド・バウム教授の間を仲介して始まったものである。20年を超えた今も、有斐閣側の後任である江草貞治社長、および研究所側の後任であるルース・エフィノーヴィチ主任研究員に引き継がれている。選書作業は、奥田が引き続き担当し、有斐閣と研究所の多数のスタッフの協力を得て、毎年日本の各出版社の図書を実費で送っている。本書のドイツ人の執筆者は、すべて研究所に現在または過去に所属しているので、本書は、このプロジェクトの成果であるとも言える。

最後になったが、ご協力頂いた執筆者の皆さん、すなわち、バウム教授・ベルツ教授・ライアン教授・シュヴィテック博士・エフィノーヴィチ博士(順不同)に対し、心から御礼申し上げたい。また、本書の編集作業を手伝って頂いた中央大学出版部の中村英之さん、出版について相談に乗って頂いた日本比較法研究所の関口夏絵事務室長、その他の事務作業を担当して頂いた林和彦さんにも、厚く御礼申し上げる。

2024年5月末

マーク・デルナウア/奥田安弘


■目次

序文
初出一覧
執筆者一覧

第1章 日本における法観念・法体系・法の現実――日本法の比較研究――
 …… ハラルド・バウム
Ⅰ.不適切な欧州中心主義
Ⅱ.日本法の特徴および分類
1.「極東」法圏? 2.学説の概要 3.日本法の変遷の歴史
 4.ラーン博士の分析における日本の伝統的な法観念
 5.ヘイリー教授による制度的要素の重視
 6.小田教授の普遍的アプローチ
Ⅲ.私見
 1.伝統と革新 2.第3の道 3.結語

第2章 現代日本法の理解に必要な文化の意味――異国趣味からの脱却?――
 …… モーリッツ・ベルツ
はじめに
Ⅰ. 日本法への文化の影響は特に強いのか?
Ⅱ. 日本における法と文化
A. 文化
1. 日本の文化 2. 文化の変遷 3. 文化と法の相互関係
B. 法にとっての文化の意味
1. 法と価値判断 2. 経路依存性と相互補完性 3. 文化による説明に対する批判
III. 日本における法の移植の痕跡
1. 法にとっての文化的背景と法の移植 2. 外国法の新しい意味
3. 西洋法の文化変容
おわりに

第3章 日本における「あっせん」の法制度化
…… ハラルド・バウム/エヴァ・シュヴィテック
はじめに
Ⅰ.概要
 1.ADR法制定の経緯 2.法的根拠
Ⅱ.あっせん事業者
 1.認証 2.業務の変更 3.継続的な監督 4.認証の取消し
 5.義務 6.責任
Ⅲ.あっせん手続
 1.手続の流れ 2.手続の終了と結果 3.手続の効力 4.費用
Ⅳ.評価とまとめ

第4章 ドイツから見た日本の債権法改正
 …… マーク・デルナウア
はじめに
Ⅰ.改正の目的
 1.国民一般にとっての分かりやすさ 2.債権法の現代化
Ⅱ.改正の内容
 1.改正の範囲 2.個々の改正点
Ⅲ.改正法の基本的に足りない点
おわりに

第5章 75年間改正のなかった日本国憲法の平和条項
…… ルース・エフィノーヴィチ
はじめに
Ⅰ.憲法9条の概要
Ⅱ.憲法の改正
Ⅲ.憲法の解釈
A. 解釈権者
1.内閣法制局 2.最高裁判所
B. 解釈
 1.憲法9条の様々な解釈 2.個別的自衛権 3.武器使用と一体化
 4.軍隊ではないこと 5.戦力
C.2014年の解釈変更
1.限定的な集団的自衛権 2.政府の主張する根拠 3.学説
4.憲法9条の立法経緯
Ⅳ.法的枠組みの概要とその運用
おわりに

第6章 消費者団体訴訟の独日比較――法制度と運用の実態――
…… マーク・デルナウア/奥田安弘
はじめに
Ⅰ. 法源の比較
Ⅱ. 差止請求権者の比較
Ⅲ. 差止請求権の内容の比較
Ⅳ. 差止請求権の行使の比較
1.事前の警告 2.差止訴訟の手続上の問題 3.判決の効力
おわりに

第7章 重国籍者の国会議員資格――日豪の事例の比較――
…… 奥田安弘/トレバー・ライアン
はじめに
Ⅰ.日本法
1. 台湾人の国籍 2. 中国国籍の得喪と政府承認 3. 蓮舫議員の事案
4. 日本の国籍法上の国籍選択 5. 重国籍者の国会議員資格
Ⅱ.オーストラリア法
1.重国籍による連邦議員資格の剥奪 2.Sykes v Cleary 3.Re Canavan
4.諸々の法改正案
おわりに

第8章 若干の例に見る日本法への誤解――比較法的観点から――
 …… 奥田安弘
はじめに
Ⅰ.離婚
 1.日本では離婚が容易であるのか? 2.EU諸国の離婚法との比較
Ⅱ.養子縁組
 1.日本の養子縁組法の特徴 2.特別養子縁組が増えない理由
Ⅲ.戸籍
 1.身分登録の機能の限界 2.外国の方式による夫婦別氏婚?
 3.夫婦別氏の戸籍上の問題点 4.同性婚の戸籍上の問題点
Ⅳ.法科大学院
1.創設20年目の検証 2.在学中受験と早期入学
V. 大学の研究環境
 1.学術会議の協力団体 2.認証評価制度
おわりに


■執筆者一覧

編者・第4章・第6章:
マーク・デルナウア(Prof. Dr. Marc DERNAUER)
中央大学教授

編者・第6章~第8章:
奥田安弘(Prof. Dr. Yasuhiro OKUDA)
中央大学名誉教授

第1章・第3章:
ハラルド・バウム(Prof. Dr. Harald BAUM)
マックスプランク外国私法国際私法研究所(ハンブルク)元主任研究員

第2章:
モーリッツ・ベルツ(Prof. Dr. Moritz BÄLZ)
フランクフルト大学教授

第3章:
エヴァ・シュヴィテック(Dr. Eva SCHWITTEK)
May und Partnerフランクフルト事務所弁護士

第5章:
ルース・エフィノーヴィチ(Dr. Ruth EFFINOWICZ)
マックスプランク外国私法国際私法研究所(ハンブルク)主任研究員

第7章:
トレバー・ライアン(Prof. Dr. Trevor RYAN)
キャンベラ大学教授