奥田メモに戻る本の出版に対する誤解*このメモは、研究と教育の両方に関連しますが、便宜上、「研究」に分類します。 一般の誤解も取り上げます。 Q:本を出版したら、印税が入るから、収入が増えるでしょう。 A:戦前は「家が建つ」という話を聞いたことがありますが、私が1992年に『国際取引法の理論』を出版した頃には、出版業界は大変な状況でした。科研費の「研究成果公開促進費」のお蔭で何とか出版にこぎつけましたが、印税どころの話ではありませんでした。 『国際私法と隣接法分野の研究・続編』の解題 リンク ■体験その1 Q:それでも、北大教授の肩書があれば、本の出版を引き受ける所は、いくらでもあるでしょう。 A:研究者のなかにも、有名大学教授であれば、専門書を出版できると思っている人がいるようですが、出版社は、慈善事業ではありません。私も、結局のところ、2004年に『国籍法と国際親子法』を出版する際には、再び科研費の「研究成果公開促進費」のお世話になりました。 『国際私法と隣接法分野の研究・続編』の解題 リンク ■体験その2 Q:中央大学には、比較法研究所があり、研究叢書があるから、いくらでも本を出版できるでしょう。 A:「現役優先」というルールがあり、私たち退職教員が無条件に本を出版できるわけではありません。その現役の間は、本を執筆する時間が少なく、退職後は、色々な条件をクリアする必要があります。それは、退職後に初めて知りました。 Q:大学教員は、授業が少ないから、論文や本を書く時間は十分あるでしょう。 A:かつては小説家のように、大学教員も、種本になるような洋書を1冊(ないし数冊)携えて、温泉宿に籠るという時代があったようですが、今は、小説家もそんな余裕はないでしょう。大学教員は、もっと悲惨です。2004年は、ちょうど国立大学の独立行政法人化と法科大学院制度の発足が重なった年です。その前後から文科省の締め付けが厳しくなり、大学教員は、書類の作成や会議に追われています。国立大学では、科研費の研究助成を申請しなければ、大学の予算も配分されなくなり、私立大学でも、少子化の煽りを受けて、研究どころではなくなっています。 『欧米諸国から見た日本法――多様な視点を求めて』 第8章「若干の例に見る日本法への誤解――比較法的観点から」(奥田安弘)の解題 http://wwr2.ucom.ne.jp/myokuda/publications/japanese_law_examples.html ■大学の後継不足 ■法律研究の崩壊? Q:今は、必要な情報をネットで得る時代ですから、アナログな本の出版など、もう必要ないでしょう。 A:今は誰でもネットで発信ができるから、民主的な世の中になったと思うかもしれませんが、そのために様々な問題が起きていることは周知の事実です。私も、自分のサイトで発信したいことを文章にしていますが、本や論文を書くのとは異なります。まず本や論文の場合は、脱稿までの間に、自分で何度もプリントアウトして、赤字で加筆修正を書き込みます。つぎに最低でも2回、多いときは3回以上、筆者校正をします。出版元の側では、編集担当者がゲラを何度も読み返し、鉛筆で疑問点を書いてくるので、その適否を判断します。本の原稿であれば、脱稿までに1年ないし2年以上(長いときは10年以上)、出版までに4か月ないし半年以上の年月をかけます。 Q:本を買ったら、置く場所がないから、図書館から借りてくれば良いでしょう。 A:私たちは、本に線を引いたり、書き込みをします。図書館から借りた本にそんなことはできません。何よりも皆が本を買わなくなったら、図書館から借りる本もなくなるでしょう。本を買うということは、出版文化を育てることになります。私も、退職の際に、どの本を自宅に持ち帰るのか、ずいぶん迷いました。雑誌は、最新号以外は置くスペースがないので、必要な場合は、大学の図書室に頼るしかありませんが、それでも退職後に、どうしても必要な本(単行本)は買っています。 --------------------------------------------------- Copyright (c) 2025 Prof. Dr. Yasuhiro Okuda All Rights Reserved |
||||||