神々の系譜と海神族の初期分岐過程

 
 
○記紀神話などに現れる神々には、抽象神(自然神・物神も含み、人間以外のものを神としたもの)と実在神(古代の人間)が混在しており、この区別をきちんと見極めることが、神々の系譜(神統譜)の編集・検討のために必要となる。
 イザナギ・イザナミや天御中主神は抽象神であるが、天照大神(天照御魂神・活玉神。ただし男性神であることに注意)や素盞嗚神(複数の者がこの名で現れている模様だが、端的に日本列島渡来してきた神とすれば、それが天照大神の祖先の「五十猛神」にあたる)は実在神とみられる。
 実際の素盞嗚神は、天照大神の弟ではなく、いわゆる「出雲神族」(この語には意味不明な部分もあるが、多くの場合は、大己貴命などの海神族のことか)の祖先でもない。五十猛神は日本列島に渡来してきた天孫族の初祖で、韓地からの移遷年代は紀元1世紀前半頃ではないかとみられる。豊受大神は五十猛神の妻神であるが、海神族系の血を濃厚受けており(櫛名田姫や宗像三女神に通じる面もある)、稲や食物の女神である。
 わが国の神々の系譜は、後世の潤色・変改を大きく受けている面があることに注意したい。
 
○「記紀」とひとくちに言われることが多いが、書の性格はおおいに異なる。『日本書紀』は正式な国史であるし、『古事記』は序文と本文記事が合わないという意味で、広義の偽書であり、その編纂の由来も成立時期も分からない。『古事記』は律令国家の修史事業のなかで成立したものではないことに留意される。内容的に見ると、大国主神関係の記事が多いなど、もとは海神族系の人々に伝えられたように思わせる点がある。その成立に関与したと序文に見える「稗田阿禮」なる人物は、実在しないことが序文の記事の偽りにつながる。ただし、『古事記』本文の内容に疑問があるといっているわけではないし、成立過程に疑義有る『先代旧事本紀』も同様に広義では偽書であるが、両書とも記事・内容には重要なものが少なくない。従って、十分な吟味のうえで用いていくべきことは、他の史料と同様である。
 
○神々の古代の後裔氏族諸氏は、祭祀・習俗やトーテム、管掌する職務、保持した地名等々に各々大きな特徴があり、もちろん先祖神の奉斎も基本が明確だから、山祇族、海神族、天孫族という氏族系統の分類はほぼ明確にできる。例えば、海神族には竜蛇信仰が濃厚であるし、天孫族では太陽神・石神や鳥類のトーテミズムが顕著であった。山祇族については、これほど明確ではないが、火神迦具土(カグツチ。火産霊神、香都知命)の信仰や月星祭祀も見られる。
 
 以下に、日本列島における王統(邪馬台国・伊都国の王族)と海神族(奴国・葦原中国の王族)の初期の分岐過程で原型とみられる系譜(一部に推定あり)を、試案として掲示しておくことにしたい。神武天皇の活動世代をほぼ二世紀第4四半期として、四世代でほぼ百年経過とみれば、当該系譜の具体的な年代のメドがつくと思われる。なお、天孫族の神統譜は、わが国での始祖神・五十猛神の子、「高魂神(高皇産霊尊、高木神五十狭布魂命)−天照大神(天照御霊大神、生国魂神、活玉命、生島足島神)」と続くが、海神族の先祖の歴代系譜は大己貴神より前では不明であり、八島士奴美命や大歳神がその祖神と考えられるものの、大己貴神との関係も不明である。

 各種系譜を比較的にあげると、次のようになる。ここでは、神武天皇の祖父世代、すなわち瓊瓊杵尊(記紀にウガヤフキアエズ命こと彦波瀲尊が神武の父とされるが、これは原態が変化したもので、もとは異母兄であった)や大物主命、少彦名神らが属する世代を@として、そこから先祖へ遡上する形で、@A……と番号を付してある。

 A安房忌部の系図「斎部宿祢本系帳」(安房洲宮祠官小野氏所蔵)では、「神魂命─D角凝魂命─C伊佐布魂命─B天底立命─A天背男命─@天日鷲命」と続くが、
これが、備前国津高郡の田使首の系図(『百家系図』47所収の「難波系図」)では、「C高魂命─B伊久魂命─A天押立命─@陶津耳命」と対応しており、
また、「D角凝魂命─C伊狭布魂命─B□□─A天湯川田命─@少彦根命」と三島県主の祖系では記される。

 これら神々をもっとよく知られる神名で表すと、「D五十猛神─C高魂命(高皇産霊尊)─B天照大神─A天津彦根命(天若日子)─@少彦名命」ということになる。これが、わが国天孫族の神統譜であり、五十猛神は素盞嗚神の子とも伝えるが、実際には両者が同神(異名同神)としてよく、日本列島に渡来してきた天孫族の始祖神であった。この場合、「神=人」ということでもある。(ここでは、@〜Dが各々対応する異名同神であることに留意される


   
 
 (2011.11.22 掲上。2012.7.23追補)
  
                             
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