古樹紀之房間

ホームへ
 

  古代史と古代・中世氏族研究の世界へようこそ


  わが国古代・中世の歴史を抽象的観念的に考えるのではなく、血の通った個々具体的な多くの人物たちとそれぞれの活動・舞台から、歴史の大きな流れのなかで総合的整合的かつ合理的に見ていきたい。そうした基礎に立ち、事件報道の5W1Hという要素なかでも、時間場所という二大座標軸。これに誰か(Who)の要素も重要)を十分踏まえて、現在に伝わる古代・中世の歴史や系譜の原型をできうるかぎり具体的に多角度から総合的に合理的に探索していきたい。それが、このHPを通じるメイン・テーマです。
  また、優れた研究をされた多くの研究者が江戸時代の古くからおられますが、そうした業績や学説については、気づいたかぎり発掘し、ここで紹介していきたいという副次的な目的も途中から持つようになりました。
  検討対象とする時代については、主に古代及び室町期・戦国期末までの中世を考えておりますが、これらに関連する限り、一部は江戸初期(
あるいは更に後年の近世、明治)くらいまでを多少とも視野に入れておきたいと思います。

  このHPは、
趣味で歴史・系譜を研究する何人かのご協力によって維持・運営されていますが(論調・論考も協力・合作があります)、掲載は樹堂の責任と判断に基づくものです。HPには、宝賀寿男会長の論述が多いのは確かですが、その全てをここで書き尽くしているはずもありませんし、関係する研究者の様々な見解等も踏まえながら、このHPを構成しているつもりです。
 ただし、「趣味」といっても歴史研究を生業としていない(
大学や研究機関、教育委員会などで歴史学分野を本業としていない)ということだけであり、無責任な議論をするつもりは毛頭ありません(あくまで歴史の科学的合理的な研究という立場で扱いますから、史料が「暗号」的に何かを示すものなどというトンデモ研究の視点は採りませんし、議論する場にもしません)。及び、学説等の主唱者が誰であれ、無責任な議論や合理的ではない議論に関与するものでは決してありません(歴史学のどんな偉い学究にあっても、おかしな議論・結論が現実に多々あります。そのような「学界の権威」はまったく考慮しません。「国宝指定」の史料でも、偽造は偽造に変わりありません。いわゆる無名に近い研究者のものであっても、卓見や有意義な指摘・示唆はありがたく受け入れます)。
  文字がきわめて多く、読みにくい部分(
ものによっては分かりにくい用語)もありますが、楽しくご覧いただければ幸いです。

  史実の探究のために、また、数多い偽書・偽史料や偽系図との弛みない闘いのなかで、他の研究者の論考や見解に対して、厳しい批判(
枝葉末節まで細かくということではありません)となることもあります。もちろん、あくまでも合理的な範囲ということですが。いわゆる学究(歴史学分野に限っても)の書かれる論考などにあっても、系図や氏族関係の分野においては、疑問な記事・見解が結構多く、それが有名な学究だけにかなりの影響力があるので、それに応じて強い批判をせざるを得なくなることがあるからです。様々な試行錯誤の検討過程のなかで、あえて試論的な見解も適宜、掲示することもあります。古代でも中世・近世でも、歴史書や系譜・系図が簡単に造作できるという見方(これは、系図学を知らない研究者の見方です)は、取りません。

  これらの記事に反発される方もおられるでしょう。冷静に合理的に読んで批判していただいたら幸いです。ご指摘・ご批判や反論をお寄せいただいたら、当方の見解を適宜お示ししたいとも思います(
その場合、できれば、HP上に応答を掲上したいと思います。掲上の場合は、内容に応じてということですが。匿名の批判・非難は、学問的な良心に疑問もあると感じますが)。当方としても、自説に固執するものでもなく、歴史原態の把握に前進したいということです。これまでの掲載記事でも、誤りもないとも限りません。歴史はそれだけ奥が深いものという認識は十分あります。そして、誤りに気づいたら、適宜改めたいという柔軟な姿勢で臨みたいと思います(だから、当HP内の記事も、日々変わる可能性があります)。
 それが歴史についての弛みない原型探索に必要であるからでもあります。いずれにせよ、感情論や信念の押しつけという反応はご容赦下さい。
あくまでも合理的な歴史研究という舞台での考察であり、想像論や予断の多い議論には対応しかねます
  なお、予めお断りしておくと、津田博士亜流のいわゆる「造作論」は、まず肝腎な否定の論理が尽くされておらず、そうした基礎のうえで想像論を展開される傾向が見られるので、取り得ないところです。「史料批判」はたいへん重要ですが、総合的合理的具体的に偏見なく行うべきものであり、記事や人物等を否定すればそれで終わりのはずがありません。また、『古事記』や『旧事本紀』については、本HPでは、両書とも序文偽書説をとりますが、その本文記事は個別に是々非々の立場で対処します。

  主宰者の知らない、管見に入っていない情報・史料も多くの地域にまだ多々あると思われますので、そうした情報・史料などをご連絡・ご教示いただければ幸いです。各地域史研究の重要性を実感するものです。

  なお、本HPは転送用のPC不調や管理者の多忙などの事情により、0812月〜09年1月下旬の間、15年春などの期間、更新ができない状況が続きましたが、それがほぼ回復しましたので、徐々に見直していきたいと思っております。この間、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。
  ※2010年10月中旬及び2012年6月下旬には、本HP全体が新アドレスに移転しました。
 
   ※2018年前半でも、管理者の多忙や体調不良などの事情により、HP更新や質問に対するお答えなどができませんでした。お詫び申し上げます。このほか、他の状況に応じて、HPに関与できなかった時期もいろいろあって、多少ともムラがあります。この辺をお詫び旁々、予め説明させていただきます。

  
※すこし手が空いてきたので、2020年11月頃から当HPの記事の見直し・修補をかなり始めています。この辺の事情にご留意下さい。



  ご利用にあたってのご注意

 本HPのご利用に当たっては、次の諸点にご留意下さい。
□Internet Explorer4.0以降でご覧下さい。なお、パソコンの設定と文字のサイズによっては、適切な表示ができない頁もあります(その場合、文字サイズは「中」(あるいは、ときに「大」)が適当なようです。おかしな表示がある場合に、連絡をいただけたら幸いです)。

□一般に使用頻度が少ない漢字が一部(
それに続く数個の漢字も含めて)、文字化けしているものもある可能性がありますので、ご注意下さい。できるだけ気をつけて修正していきたいと思いますが、当面、掲上してまもなくの頁について、この可能性があります。
 (
というのは、難漢字用に私が常時使用する「今昔文字鏡」の漢字を、MSやご使用のパソコンのほうでどのように認識し画面表示するかの問題でもあります)

□無断で長文そのまま、このHPの記述を引用をすることは、お慎み下さい。本HPという出典を示して、適宜、部分的な引用や紹介をされることは、とくに構いませんし、いちいちの連絡も不要です。むしろ、そうした紹介であれば、歓迎いたします。

□その時々のHP運営管理者の知識・認識により、
本HPの記述内容や表現は常に変化することをお含み置き下さい。このHPに掲載した後でも、樹堂及び関与者の見解は少しずつでも変化している可能性があります。もちろん、適宜、記事の追補や誤りの補正など様々な補修に心がけ、史実や系譜・所伝の原型・原態に少しでも近づけるよう、鋭意努めたいと考えています。

世の大勢に流されず、俗説にとらわれずに、学界や学究の権威
に対し(もちろん、世俗的政治的な権威に対してもおもねることなしに、冷静に科学的な検討を加え、思考・対応等は常に弾力的・合理的に柔軟にいきたいと思っております。ただ、新資料の認識・出現により、見解が変わることは往々にしてあります。卓見や有意義な示唆に触れて、考えの変更も当然あります。また、学究権威を顧慮しないということと学問的な立論・検証の手順をきちんと踏むこととは、まったく矛盾しません。当然、後者も重視します。
  そして、適切な疑問・反論や批判の提起、応答は、学説を進歩させ解明するものと考えますので、これらを歓迎いたします(ただし、抽象的な「批判」では、説明も反論もできず、無意味ですし、むしろ非難になると思われ、その辺は良識をもってお避けいただけるよう、お願いいたします
)。

□本HPへのリンク、本HPからのリンクは、できるだけ前向きに考えますので(基本的にはリンクフリーだと考えています)、ご希望のかたがおられれば、次のアドレスまでご連絡下さい。ご意見やご批判の連絡先も同様です。

    daiko10wa@infoseek.jp


 
  総目次とその概要

   どのような構想・企図で本HP作成をしたかという趣旨を紹介します。
 
 主として弥生時代から大化前代までの期間の歴史の流れを追いかけますが、日本列島に関連して北東アジア・中国の上古代まで及ぶものもあります。また、考古学分野や神祇・祭祀・習俗の分野も関連して含みます。総合的に大きな歴史の流れを、東アジアからの視点で見ていきたいものです。
 その基本的な姿勢としては、津田左右吉博士・その亜流の学界学究や安本美典・古田武彦などの諸氏にまま見られる素朴な記紀等の解釈におおいに疑問をもちつつ、常に具体的な物事・地理などを踏まえて古代の様々伝承の原型(にある史実)を総合的合理的に追求していきたいということです。もちろん、個別の説については是々非々で判断するということであり、津田博士や安本氏・古田氏の業績については、その個別の内容に応じて、適宜、敬意を表するものでもあって、すべてに反対と言うことではありません。
 
 主として古代から鎌倉期・南北朝期までを本来の対象としますが、関連して室町期・戦国期、そして江戸初期くらいまでの系譜を考察します。一般に流布する通俗的な系図の疑問な部分には、多角度から厳しい検討・批判を加えていきたいと思います。この点で、読者(とくに系譜仮冒の可能性をもつ一族の関係者)によっては反発される方もおられるかもしれませんし、また現におられるようです。しかし、なんでもかんでも系譜仮冒あるいは疑惑として否定的な姿勢を取るものではありません(例えば、清和源氏や阿蘇氏系図、楠木正成関係の熊野国造系図などは、総じて肯定しており、個別に是々非々の姿勢です)。太田亮博士の『姓氏家系大辞典』などもしっかり参照してください(同書にも勿論、疑問個所や誤記・誤解はかなり多くありますが、それでも豊富な史料を提示する凄い業績であることは、使い込めば使い込むほど、それが分かってくるものです)。
 
これは、史実や原型の探索のため、系図を歴史研究の資料として用いることができるよう、できるかぎり客観的合理的総合的に考えていきたいという姿勢からのものです。

  なお、個別の氏・家や歴史的人物の名誉・利害とか情緒的なものの検討は全く加えていませんので、その旨お含み下さい
(もしそのように受け取られる表現がありましたら、私の不徳と表現力の致すところであり、お詫びいたすとともに、ご寛恕ご理解をいただけたら幸いです。また、ご指摘に応じて、表現も考えます。以上のことは、研究者に対しても同様です。名誉毀損や非難を目的とするものでは決してありません)
 
 このHPを主宰・管理する樹堂複数で運営しています。メール等も含めて、名義は代表登録です)の管見に入った学説・論考・見解、発見、風潮等に対して、所感を論考として、また随想的にも記してみます。ものによっては、批判的検討もありますが、あくまでも説・見解や論への批判であり、研究者個人への人格的攻撃をまったく意図しておりません仮にそのように受け取られる個所がありましたら、ご連絡下さい。表現を検討して、適宜対処します)。必ずしも、歴史関係ばかりではなく、広くアトランダムに、時間があれば現在進行中のものまで及んで、問題を取り上げたいと考えています。
  また、各種の雑感や試論的なメモ・考えも記載しようと思います。これらに対しての反論・反批判も、当然受け付けしますが、上記メールアドレスを通じての応答はHP上での公開を基本的に前提としていますので、その旨、お含み置き下さい。匿名を希望される方は、その旨も記してください。

 さらに、客人神の部屋を02.11.16に開設し、樹童以外の方々からの寄稿を掲載することにしますが、まず小林滋氏の「年輪年代法を巡って」を掲上しました。この部屋での掲載も、管理者樹童の判断にしたがって行います。

 
 当古代氏族研究会や、関連する諸団体である家系研究協議会(家研協日本家系図学会全邪馬連などの動向・連絡等についても、適宜、掲示したいと考えています。
 また、樹堂が関心をもつネット上の優れたHP、友人のHPについても、リンクとしてご紹介したいと思います。

 なお、 家系研究協議会 のHPをご覧下さい。

 
 読者からの連絡・教示・質問等に対して、HPを主宰・管理する樹堂からのお応え・考え方(宝賀会長の考えを一応、踏まえていますが、これとも違うこともときにあります)を掲示したいと考えています。ただし、主宰者ないし管理者が諸事多忙につき(そのうえ、知識・認識のない問題点や調べても分からないものも、当然ながら多くあります)、掲上についてはきわめて不定期にならざるをえないと思われますので、その旨、お含み置き下さい。
  問い合わせやご意見・ご批判を寄せられて、掲載まで時間がたいへんかかったり、掲載できないもの(とくにご連絡しないこともままあります)があるのは、こうした諸事情によることをご理解いただければ、幸いです。また、携帯電話からメールでご連絡される方もおられますが、当方からの返信が受信拒否の対応になることがままあるようであり、その旨ご注意下さい。それ以外のメアドでも、当方からのメールが届かない残念なケースもありました。

  公開の場としてフェアで有益な応答になるよう心がけますし、是非そうなってほしいと強く希望しております。従って、HPでの公開を前提にメールしていただければ、と希望いたします。これでは無益な応答になると感じた場合には、管理者樹堂の判断で、対応しないこともあります。ただし、いただいたメールはすべて公開するわけでもありません。匿名希望の方はその旨を記してください。
  また、事項によっては直ちに調べきれず、多分に修正の含みを残すものもあります。これまでの管見に入った限りで、資料等からの判断を基に記しますので、その後に分かってきた別途の資料によっては、それが変更になることも当然ありえます。この辺は、皆様の教示・ご指摘いただくと幸いです。

  時間的な制約などから、明らかに偽造系図・偽書と分かるものについての分析やその社会的・心理的な背景事情の調査には殆ど関心がありませんので、この関係の応答については基本的に行うことを考えておりません。ただし、学問的に影響力のありそうな(
学究の論究があったような)系図や史料については、必要に応じて取り上げます。
  なお、『古事記』や『旧事本紀』は、上記のように序文に問題があり、厳密にいえば広義の「偽書」のカテゴリーに入ると思いますが、こうした史料価値の高いものは別であって、排除したいのは狭義の「偽書」有害無価値とみられる偽りの書・史料。最近では「椿井文書」の例
)ということです。とはいえ、どのような書であれ、史料価値の高いことは、そのまま史実を記しているということではないことに十分留意したいものです(偽書論議については、こちらへどうぞ)。
  また、主宰者グループの関心が主に江戸初期くらいまでですので、それ以降についてはお答えできない場合が多いと思われます。ただ、検討し応答できるものもありますので、適宜、ご質問下さい。総じていえば、個人の家の系譜や変わった苗字など、歴史史料が乏しいもの、残りにくいものについては回答不能な可能性が大きいといえそうですが。

 なお、本HPの動きは、主として更新履歴や記事の末尾に記されますが、適宜、気の付いた時に補正・追補を重ね続けており、細かい変更までは記さないことがままありますので、その辺をご留意下さい。




  (念のためのご留意)

 最後に、「言わずもがな」として、これまでは書いてこなかったことですが、ここまで書かなければお分かりにならない方々もなかにはおられるようですので、やむを得ず、最近になって書き足したものです。ものによっては、上記の繰り返し的なものもありますので、適宜、読み飛ばされても結構です。

○「数多い偽書・偽史料や偽系図との弛みない闘い」こそが歴史原態の把握に必要なことである以上、記紀はもちろん、あらゆる資・史料に対して、厳しい十分な吟味を加えたうえでの記事・表現のつもりです。
 そして、いわゆる津田亜流研究者の「厳しい史料批判」なんて語には騙されません。かつ、視野狭窄な視野で不的確な把握をして、無闇矢鱈に資・史料を切り捨て、歴史人物を否定する姿勢は、研究者として厳に慎むべきものと思われます。批判・否定は、できるだけ具体的に行い、そうする場合には、対案を提示するのが学問の礼儀だと考えます。

○「事件報道の5W1Hという要素という条件を備えるかどうかの検討のうえ、これが肯定的に認められる人々・神々については、実体を備えた生物的な人間として捉えて、その基礎で人間関係(系譜)や墳墓被葬者などを考察します。
 だから、上記にも書きましたように、津田亜流学説が実在性なしとして恣意的に切り捨ててきた人々、例えば、武内宿祢、神功皇后や倭建命、更に闕史八代の天皇(大王)、などについても、実在性否定の論理が不十分・不完全であると考えるほか、先祖や子孫、相伴に行動する人々との関係などで諸要件を備えることで、実在性を考えたほうが適当だと思われる者たちは、すべて検討の対象としています。
  なお、「神」とは、記紀等の史料で、神武天皇朝以前に現れ行動する人々の総称であり、名前に「□□神」とか「天○○命」という表示が多い傾向にあります。要は、まったくの抽象神や物体神(太陽・月星そのものや岩石神など)ははずして考えるだけです。太陽や月星を祀る巫者は、物体ではないことは言うまでもありません。中国や朝鮮半島の特定人物が日本列島に入ってきて、日本名を持つ有名人物になったという所説もときに見ますが、これはみな妄説ですので、取り上げません。
  また、人々の名でも神々の名でも、「同名異人(神)」「異名同人(神)」には十分、気をつけて行くべきものであり、平田篤胤の「神統譜」にもこの関係の混同が多く見られます。この辺をご理解いただけないと、記紀等の神統譜の把握が的確になされないことにつながります。

○系図を含む各種史料は、長い時間の経過のなかで、為政者・史料保持者の都合などにより、いろいろな変遷・変貌を遂げることがままあります。それが系図の場合には系譜仮冒・偽系図あるいは系図改変(改編)などとして現れますが、歴史原態の把握のためには、史料原態の把握が是非とも必要であり、この原態あるいは古態の把握に鋭意努め、それを研究目標としています。その場合には、その関係当事者の生物学的な能力を実地に即して具体的に十分考慮して行います。津田亜流学説が総じて言うような、系図や諸史料について、編者等の「超人的な学識能力・造作能力」などまずあり得ないことです。

  何度でも同じことを繰り返しますが、津田亜流学説の信奉者は、検察官が刑事犯の起訴に必要だとして追求・確認する「5何の原則」(ないし、7何の原則。5W1Hに通じる)を十分に確認されて物事を考えられる必要があると思われます。何でも切り捨てに走りがちな、ご自身の理解・把握があるいは間違っているのではないか、と時に自省されたらよいのではないかとさえ思われます。津田博士自体は、そんなに歴史切捨てではなかったように思うのですが。

  (2020.11.09などに追記)                                      


  本HPの画像のいくつかは、鳥好きの部屋斉藤様のご好意で提供を受けております。 

  野鳥や植物の楽しい綺麗なHPですので、ご紹介します。
 
ホームへ    次へ(古代史トップへ)