『流れ蘭方 示現寛斎』という小説の紹介


  歴史には多くの分野があるが、そのうち医学史の分野を在野にあって長年にわたり研究し、『順天堂経験』という専門的著書もお持ちの芝木秀哉君が渾身の力で描いた小説が標記のものである。

 氏はその研究を通じて、明治の維新政府が打ち出した近代化のための諸施策が迅速かつ効率的に各地に浸透したが、その大きな要因として、例えば秩父の伊古田純道・岡部均平など在村の蘭方医の存在があったとし、江戸末期に在村で活動した医者の役割を大きく評価している。そうした背景のもと、同じ江戸末期の房総・前之内村を舞台にして、蘭方を駆使して勧善懲悪的に大活躍する医者「示現寛斎」とその弟子龍安などを描いている。

 医学知識のない者がこの小説に現れる医学的場面を当時の言葉を踏まえて説明し理解するのは、やや難しいところでもあり、この辺に著作上のご苦労もあったものと思われる。小説の各エピソードは、早打肩(はやうちかた)とか膀胱穿孔術とかいう医学的な用語の項目であげられている。しかし、これに反して、内容はたいへん分かり易く書かれており、とくに医学的な知識を必要とするものではない。現代医学の進歩を感じつつ、しばし幕末の時代に身を置いて、この小説を楽しみたいものである。

 定価は「本体1,700円+税」で、ご注文は発行元の兜カ芸社(電話03-5369-2299、FAXは03-5369-3066)まで。 
なお、この本の紹介は、次のHPにもあります。
     http://www.toshindo.co.jp/info.htm

  (03.11.23 掲上)



     小林滋様の読後感
芝木氏の著書『流れ蘭方 示現寛斎』が手元に届きましたので、たまたま病院の待ち時間などを利用して通読させていただきました(整形外科の診察室の前で本書を読むというのも、偶然とはいえトテモ変な感じでした)。
 
貴HPで言うように、いろいろ専門用語が飛び出しますが、手際のいい説明がなされているため全然目障りではありません。それぞれの挿話はどれもトテモ興味深いのですが、とりわけ甚八が活躍する膀胱穿孔術≠ニか鼻骨陥入≠ネどは非常に良くできています。また、端漸≠ヘ本書で一番長い挿話ですが、シーボルトや前野良沢、杉田玄白などと「寛斎」との繋がりが、頗る上手に料理されていると感心いたしました。
  こうした分野での歴史小説としては注目に値する出来栄えでは、と思いました。本の半ば頃で、山脇東洋の解剖とか華岡青洲の全身麻酔に触れられていますから、アト一歩で「伊良子道牛や光顕」と繋がったのにと残念な気もしました。
 
  なお、芝木氏の最初の著作『順天堂経験』と、今回の著作との関係性もヨクくわからなかったのですが、東神堂のHPで『順天堂経験』をクリックしますと、同書は「関 寛斎」に拘るもの(佐倉順天堂における医療実験録の解説・注記)のようだということが判明し、すべて寛斎♀ヨ係なのだなと了解された次第です。
  それにしましても、文科系の方ではないかと思われる芝木氏が、このような医学史、それも江戸期のものの詳細な研究をされたのは、何かいわれがあるのでしょうか?
                                (03.12.6受信)

 ※上文は一部省略しました。この関係では、追加として
      
『流れ蘭方 示現寛斎』を読んで  が寄せられました。
   こちらも是非ご覧下さい。




  (参考)

  著者の芝木秀哉君は、惜しくも2003年5月にご逝去されており、心からご冥福を祈るとともに、この頁をその碑銘に代えて保存いたします。


独り言・雑感に戻る              ようこそへ